--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2017-08-15

平成29年8月(第72号)

森さんは、茂八通信でのコラムで、どのくらい話を盛っているのですか?と、いきなりデリカシーのかけらも無い質問をされた時のやり取りです。そんなもん、今のご時世、大人だったら黙って忖度でしょうと思ったのですが...ふと昨年の暮れ、某社の建築部長が少し残業して、遅くなったので急いで帰宅すると、大雪で木がクルマに倒れていて、車が破損してショックだったという話をたまたま思い出しました。僕だったら、せっかくそんなおいしいイベントがあったら、もっと面白く話すぞと思った事を覚えています。試しにその話を題材に、その質問者の前で自分なりに頑張って話を盛ってみることにしました。「クリスマスイブの日(まずここで、早速ひと盛りです。)に、ケーキを囲んで家族が帰宅を待ちわびる家路に着きたいが、残業で仕事が終わらない。やっと仕事が終わると、もう午前0時で下手するとサンタとバッタリ鉢合わせです。猛吹雪の中、時速160㎞のBダッシュで帰宅すると、折からの100年に一度の大雪で、庭にたまたま生えていた樹齢4000年のメタセコイアが根元から折れ、家族の団らんの象徴である愛車エルクランドに倒れて、その影響で、まだローンが180年残っているフルカスタムチューンの愛車エルグランドが縦に真っ二つに割れており、鯵の開きのようになっていた。傍らには板の破片も落ちていた。それを刮目した瞬間、気を失い、目覚めたら5年の歳月が経っていた。その後板の破片を調べると、フィンランドの物で、どうもサンタクロースのソリの破片らしいことが解った。この事故以降、どうやらサンタクロースは、いすゞのエルフに乗って活動しているらしい」という話が出来上がりました。この会話の相手が、「いや~ しかし盛りますね~」というので、僕も思わず後ろ頭をポリポリ掻きながら「いや~今日はたまたま調子が良かっただけで~ こんなに盛れるとは、自分でもびっくりですよ~」等と、その年ダントツ一番の訳の分からないお世辞と謙遜のやり取りを経て、その話は是非コラムに載せてくださいと言います。しかしこんなやり取りをコラムに載せると、僕は完全に虚言癖の変な人になって、そんな人のいる会社には、もう誰も注文を寄こさなくなるから嫌だ!と言ったやり取りを、急に思い出し、思わずコラムに載せてしまいました。いつもはもう少し事実に近いことを書くように努力しています。ところで話は変わりますが、と、はじめこれが前置きで毎年恒例の健康診断の話を書こうと思ったのですが、自分でも怖いくらい盛り盛りが止まらな過ぎて、完全に本題を書くスペースを失いました。

有限会社 森茂八商店 HP

スポンサーサイト
2017-08-15

平成29年7月(第71号)

消費低迷が叫ばれる中、何万円ものお金を払ってスポーツジム等に通う方も少なく無い様です。うちで働いてくれれば、思う存分に体を動かし、汗を流し、更にお金がもらえます。一服の時にジュースさえ飲むことが出来、更に職人さんの下品な下ネタやおやじギャグなどの非日常的な特典も付くのにと思うのです。先日畳職人と畳を上げていた時、ふとその職人さんは、時間があるときスパールに行って、ランニングマシンで走っていると聞いたことを思い出しました。畳を運ぶのが辛いと、ヒーヒー言いながら仕事をして、そのあと走りに行っているのかと思うと、ひょっとしてコノヒトバカナノカナーと思いました。確かに世の中には、健康になる為なら死ぬことさえいとわない、と言うような人がいて、死をも恐れず体力作りに励んでいらっしゃったりします。健康決死隊とでも言いましょうか。やはりこれもある種のバカの亜種と思われます。かくいう僕も、40歳になったその日の朝から、俄然太りやすくなり、昨日までと同じ食事を採ると、何故か太るという現象が再現性ある形で確認できました。今現在は、昼食を食べないという荒業で乗り切っていますが、それでも気を付けないと体重増加に繋がります。そこで僕などはジムなどにお金を払わず、更にお金を貰いながら、体を動かす方法を編み出し実践致しました。その方法というのは、畳等の搬入搬出の時に、ターゲットの家から少し離れたところに車を止め、そこまで運ぶという、まさに簡潔にして画期的な方法です。額に軽く汗を浮かばせて、小走りで働く姿などは、なかなか様子も好ましいのです。結果から申しますと作戦は大失敗に終わりました。どこの家でも同じように「こっちに止めた方が近いよ」と不安げに何度も何度も言われ、結局「この人は物凄く頭が悪いのではないか、こんなシベリアンハスキーの様な体力バカに我が家の大事な畳を任せて大丈夫なのか?」などと、お客様の不安を盛大に煽る結果になっていることにハッと気が付き、静かに人知れずよしました。話題は変わりますが、我が社の契約社員がしきりに、いつから正社員になれるのかと、連日矢のような質問です。先日あまりに執拗なので、ちなみに、もしも正社員になったらどうなるのですか?と聞いてみました。すると意を決したように、まっすぐ目を見て「正社員になったら、思い切り気を抜きます」と、大胆な決意表明を正面から叩きつけられ、震撼しました。本日などは、その契約社員が正社員で無い事をうっかり失念したのか、隣の席で既に思い切り気を抜いて、「ヤルキニナラナイ」などの言葉を、完全に独り言の域を超えた音量で発しつつ、なんかくってます。聞こえないようにしても、どうしても聞こえてきます。僕はこの恐怖を、どう克服すればよいのでしょうか?

有限会社 森茂八商店 HP
2017-06-30

平成29年6月 (第70号)

6歳児が小学生になり、毎朝7時18分に出動していきます。ついこの間まで幼稚園児で、まさか第一小学校迄自分の足で歩いて行くなど、想像もできませんでしたが、一か月経ち登校姿も板についてきました。毎朝送り出した後、窓から、ちゃんと信号を渡れるのか、いつも緊張して見守っています。ちゃんと信号を守り渡っていく姿を見て、いつも頼りないのに、一人になるとしっかりするんだなと感動します。小さい体の上に、ただでさえ大きなランドセルに更に体操着袋を装着し、さながら戦地に向かう兵隊さんのような勇壮な後ろ姿は、頼もしくすら感じます。後ろ姿を見下ろしつつ、思わず「あんなに沢山背負って行くんだな~」と感慨にふけっていると、嫁が「恐竜の本も入っているんだから」と誇らしげに言います。そのドーヨというような言い方は、後で考えたら「重さも重たいんだよ」と付け加えたかったのでしょうが、その時は訳が分からず、このオンナは一体全体何を言っているのだろう?と思いました。帰りは学童保育なので、車でじーじの迎えですが、帰ってくるときは6歳児から朝の雄姿が薄れています。なんだか頼りなさげで、なんか一回り小さくなった気すらします。なぜならば6歳児は毎日何か忘れ物をして帰ってくるため、事実として紛れもなく一回り小さく、軽くなって帰って来るのです。カッパであったり、赤白帽子であったり、宿題であったり。まれに忘れ物がなかったかと思うと、知らない子の宿題ノートを持って来てみたりします。どうしても質量保存の法則に反して朝出た時とは異なる質量となって帰ってくるのです。そんな子供の親だからからなのか、先日は僕が子供を会社に忘れて帰宅しました。僕の場合は出勤時と同じ質量で帰宅したため、物理の大定理には反していないのですが、親としての原則に反していると嫁は言います。再度子供を連れ帰ったら嫁が言いました。おとうさんもうっかりだし、子供もぼんやりだし。それを聞いて僕は思わず、そうだね~「うっかりとうさん、ぼんやり子供、クソヨメ」と言ったら、自分だけジャンルが全然違うと、厳しく叱られ、ストレスからドライアイになりました。

有限会社 森茂八商店 HP

2017-06-30

平成29年5月(第69号)

我が家で、先日ちょっとした事件が起こりました。毎度の事ながら、お客様に伝えるべきか悩むところですが、どうしても僕には解せないのです。摩訶不思議で大変にミステリアスなのです。どうでもいいと思えば思うほど、やはり何が起こったのか真実が知りたくて仕方がないのです。事件は、またしても7時のNHKニュースの時間です。家族で二日目のカレーライスを食べている時に起こりました。子供たちには、カレー皿とサラダの小鉢がありました。サラダの横には、カレーと同じく昨日の残りのブロッコリーの茎が一本づつ載せてありました。テロ等規制法で国会が荒れているニュースから、パククネ大統領が警察に身柄を拘束されたあたりで、六歳児が言いました。「ブロッコリーをお母さんが食べた」と。嫁は、「なんであんたの食べかけのブロッコリーをとるのよ」と半笑いで返しました。ブロッコリーは、当初サラダの小鉢に添えられていましたが、六歳児がそれの端っこを少しかじり、カレーライスの上に置いたまでは僕も現認しています。それがいつの間にか忽然と姿を消したと主張するのです。当然僕は食べていません。普通だったら一番怪しい4歳児なのですが、子供たちは長テーブルの長辺同士に座っているために、その距離は150㎝です。ブロッコリーまで辿り着くには、僕とパククネの間を匍匐前進で通過し、更にアツアツのカレー鍋を乗り越え、テーブルを縦断しなければブロッコリーの茎には到達することはできません。状況的にはかなり難しいと思われます。それでなくとも、彼は昨日、自分だけ残した筑前煮を罰として「今日食べなかったら明日も出てくるよ」と言われて出され、その蒟蒻の三角形の先端部分を3㎝程度、口から露出させたまま5分以上もパククネを見ているのを僕が横目で確認しているので、いわば完全なアリバイがあるといえます。僕は少し気になったので、とりあえず子供を椅子から下してズボンなどを確認し、それから椅子の下を確認しました。何処にも無いのです。「ないなー」という僕の言葉を聞いた時に、嫁が言いました。「きっとコビトさんだね」と。おう?と思いました。理系の学校で偉そうに先輩風を吹き散らかしていた嫁の口から「コビト」という言葉を聞き、なんだか無性に腹が立ちました。僕は思わずズレた眼鏡を直すと、自然と言葉が出てしまいました。「ジツニオモシロイ」と。実際こんなに不思議なことがあるでしょうか?ブロッコリーは一体全体どこに消えたのか。床に落ちたのを猫が食べたのか?え?猫が?ブロッコリーの茎を?え?猫が?そんなことあります?「真実はいつもひとつ」と高名な探偵が言っていますが、これはかなりの難問ではないでしょうか。怨恨の線も金銭目的の線もありません。なにしろ僕達家族は全員ブロッコリーが余り好きではありません。栄養摂取の為、渋々食べているのです。しかも二日目なので、まだましなアフロ部分は既に無く、茎だけなので、きっと栄養もありません。そもそも子供の食べかけのカレーの付着したブロッコリーの茎などという物は、いわばこの世の中に存在する物の中でも、最もクダラナイ物の一つと言えます。そこから僕は子供を風呂に入れるついでに、裸にし服などを隅々まで探索し、ゴミ箱の中や床も、もう恐ろしくまじめに探しましたが、本当に何処からも出てこないのです。寝る前に嫁に「あれってどういう事だと思う?と聞いてみたところ「あ?何の話?」ともう全然興味すらない様子でした。その後どうなったかというと...結局そのまーんまです。実に面白くもなんともないのです。真実もひとつもないのです。数週間たった今でも、僕は折に触れ、ふっと消えたブロッコリーの茎の事を思います。僕の心のどこかで、コビト?という思いが芽生え始めています。


有限会社 森茂八商店 HP


2017-04-19

平成29年4月(第68号)

最近はワックス清掃などの現場でスタッフの一員として作業することも少なくなりました。しかし僕は小学生の時から、手伝わないと、猫を捨てると脅されたり、カラカラせんべいを買ってやると甘い言葉をかけられたりして、清掃の現場で手伝いをさせられていました。初めての掃除現場での僕の役職は「フロアポリッシャーの重り」という仕事で、現場で一日中くるくる回るポリッシャーの上が僕の持ち場でした。こんなに知的に暇でしかも体力を使い、かつ無意味な仕事はそうそうありません。今思えば、僕が自己同一性、なぜ自分はこの世に生まれてきたのか等とソクラ的に、深く考えた最初の瞬間であります。同時に、今生きていく上で僕が一番重視している、平衡感覚の礎を身に付けた瞬間であったかもしれません。学校を卒業すると東京の掃除屋さんに就職し、昼ご飯を食べる時は何時も、今でも取り寄せている、クリーンシステム科学研究所刊行「月刊ビルクリーニング」を愛読するという生活を送っていました。今日は掃除屋さんとして30数年のキャリアから培った奥義を伝授します。といっても、それは上手にお掃除をする技術ではなく、上手に人を叱る技術なのですが。掃除の仕事の報われる瞬間といえば、なんといってもワックスを塗り終わってピカピカに光る床を見たときです。ワックスを塗る時間はさほどでもないのですが、そこに至るまでの打ち合わせや、その下地を作るための苦労や要求される知識は大変なものです。そうして一面塗り終り明鏡止水の心で朗らかな微笑みと共にワックスを改めて見上げた時に、もしも何者かの足跡をハケーンした場合に皆さんはなんと思いますか?おそらく朝からの苦労を踏みにじられたような気持になり、怒りがこみ上げ「誰だ!歩いたのは!!」と声を荒らげたくもなるでしょう。プロ失格です。全くド素人と言えます。汚い足跡を見つけてもプロの掃除屋の心は明鏡止水のままです。軽い微笑みもそのままです。そして次の行動でどうするかというと、まず微笑んだまま壁際に行きます。そしておもむろに利き手を壁に付け、姿勢を安定させます。それからゆっくりとさりげなくタイミングを見計らい、自分の利き手が右手であった場合は、右足の裏を微笑みながら一瞬チラッと確認します。当然その一人四の字固めのような行為を誰かに見られるようでは、まだまだプロの掃除屋とは言えません。足の裏にワックスが付いていなくても、あ、俺じゃないなと思って微笑みを緩めてはいけません。安心するのはまだ早いのです。なぜならば人間には、もう一本足があるからです。勿論靴裏の模様も、この時に記憶に焼き付けます。万が一自分が犯人であった場合は、微笑みのまま何事もなかったように、可及的速やかに、その日一番の動きで現状復帰に移ります。そして、そうでなかった場合。ようやくここで初めて、微笑みが自然に消えるのに任せます。ここにきていよいよ自らが法の権化になった気分で、満を持して「誰だ!歩いたのは!!」という言葉を淀みなく、朗々と声高らかに、腹の底から発することが出来る訳です。それからあとはネチネチチクチクとゲソから犯人捜しをするだけです。この工程を経ずに腹の底から大きな声を出した場合、その日一日、やけに艶のある足の裏を、誰にも見られないように、みょうちくりんな姿勢で行動し続ける羽目になるという紛れもない真実を、本物のプロの掃除屋だけは知っているのです。

有限会社 森茂八商店 HP

ちょっとお知らせ
今年度も4月3日より、鶴岡市住宅リフォーム補助金スタートしていますヾ(o´∀`o)ノ
2017-03-18

平成29年3月 (第67号)

休みの日に、背中を丸めてソファー用の自慢の毛布洗って、エマールで柔らかく、優しくしていたら、嫁に「何してるの」と聞かれました。「なんでか知らないけど、最近、自慢の毛布からオッサンみたいなにおいがするような気がするから」洗っているのさという言葉にかぶせるように「それは毎日オッサンがクルマって寝てるからでしょう」と、驚きの誹謗中傷発言がノールックで繰り出されました。今巷で大はやりの言葉の暴力というやつです。難しい年頃の僕は一生癒えることのない、大変に深い傷を心に負ってしまいました。自慢の毛布がオッサンくさいのは、決して毎日オッサンがクルマっているからでは無いことを僕は知っているのです。その証拠に、学生時代から使っている自慢の毛布ですが、去年までは、オッサンくさくなるという事は、一切無かったのです。しかし思い当たる節があります。それは、とある小雨の庄内町で、人家もない県道のど真ん中を鼻歌まじりに当然法定速度で、当然スマホも弄らずに、当然10時10分でハンドルを持って快適走行している時に端を発します。突然車道の真ん中で小さな小汚い猫を轢きそうになりました。脇をすり抜けなんとか止まったのですが、生後2か月くらいの猫だと、近寄ると脱兎のごとくに逃げ出すことを知っていた僕は、車道からコヤツを追い払おうと寄っていき、そのまますり寄られ、なんやかんや二転三転のどさくさに紛れ、そのままおねだり上手のコヤツは我が家に居るのです。名前は猫田よもぎと言います。変なよもぎ柄のしかもオスのコヤツが、こともあろうに毎日毎日飽きもせずに猫砂を掘るのです。それも「ほりっ ほりっ」と力強く思いつめた眼差しで右腕に力をみなぎらせて掘ります。僕はその行為を「黄金の右」と呼んでいるのですが、掘り終わると、なんとコヤツは手も洗わずに僕の自慢の毛布に直行し、丸くなるのです。3200円もしたペットヒーターには目もくれないのです。他にもあります。下の子供は、食事が終わると、毎回一旦僕の自慢の毛布のところに行き、すぐ帰ってくることに気づきました。何をしているのか泳がせて観察してみると、なんと口の周りについたコーンポタージュやらジャムやらを、僕の自慢の毛布で「すりっ」と一拭してくるのです。しかもその動きは流れるようで、よくよく注意して観察しないと解らない程まで成熟し、完成した無駄のない動きです。一朝一夕では到底出せない匠の技術なのです。結局黄金の右やらカレーやらなめこの味噌汁やらが、自慢の毛布を媒体とし、猫田とオッサンに適温で優しく温められつつ加水分解や酸化還元、置換反応、付加重合などのありとあらゆるえげつない化学反応を繰り返した結果、軽いオッサンくささが生まれているのです。とりあえず洗った後にミカンの皮をしこたまなすり付けて黄金の右が来るのを防ごうと思っとります。

有限会社 森茂八商店 HP
2017-02-28

平成29年2月(第66号)

子供からゴジラとキングギドラとどっちが強いと思う?と質問されました。たしか年末にテレビでやっている物を子供にせがまれて録画した筈です。子供たちは何度も繰り返し見ていたようですが、僕は見ておらず、どちらが強いのか皆目見当もつきません。しかし僕も大人です。キングギドラ位は知っています。確か空を飛ぶ頭が三つある怪獣だったと記憶しています。とりあえず、「ゴジラじゃねー?」「主役だし、去年も東京に出たみたいだし」と適当に答えておきましたが、子供は質問するだけで飽きてしまい、僕が考えて答えている時には既に二人で黒ひげ危機一髪を始めていたため、正解を知ることはできませんでした。気を取り直して4歳児と6歳児の頭脳をはるかに凌ぐ43歳の頭脳で、まじめに科学的根拠を示してゴジラとキングギドラのどちらが強いのかを考察してみることにします。まず大きさ。これは当然同じくらいでしょう。ポスターなどで、どっちかが明らかに小振りなVS物を見る人がいるとも思えません。もしあったとしたら、「ゴジラVS 五~六十匹のキングギドラ」位でないと釣り合いません。それでは語呂が悪すぎます。次に機動力。これは二足歩行でしかも尻尾を引きずってるゴジラに対して、空飛ぶキングギドラの圧勝と思います。ゴジラは上を向くのも難儀しているように見えます。知能はどちらもなんかバカだと思います。腕力はやっぱりゴジラのほうが実が詰まっている感じで、キングギドラは空を飛ぶだけあって軽そうですのでゴジラ有利でしょうか。そう考えている途中で重大なことを思いつきました。もしキングギドラの頭三つがそれぞれ違う人格を持っていたら、例えば四歳児、六歳児、お母さんみたいなことになっていたらどうなるでしょうか。「船頭多くして船山に登る」のことわざ通り「みんないくぞ!!ギドラパンチだ!!」「やだ、ギドラキックがいい」「いいから早く靴下履きなさい」みたいなことになり、頭同士がカジカジいつもの喧嘩を始めて、そもそも勝負にならないのではなかろうか。まっすぐ飛ぶことさえもままならないという事すらよぎります。結果ゴジラがキングギドラの頭のかじり合いを呆然と見つめるか、意表を突いてそもそもキングギドラが現場に現れないという結末を科学的に導き出しました。

有限会社 森茂八商店 HP
2017-02-04

平成29年1月(第65号)

ヤオヨロズの神等と言う言葉があるように、日本の神様は其処かしこに存在しているそうです。神の名のもとに戦争をしている国が沢山ありますが、日本の神様はいたっておおらかな印象があります。「信じる者は救われる」というのが、大方の神様の譲れない最低条件のようで、いわゆる「困ったときの神頼み」を通してくれる日本の神様は、世界的にも大変珍しいそうです。宗教には興味が無いので、詳しい人には怒られそうですが、貧乏神や疫病神などもいますし、嫁の主張によれば、仲間の神様との口論から発展し、意地でウンティスを我慢して失敗した神様もいるそうです。近年はトイレの神様もフューチャーされました。だったら熾烈を極める納期間近の建設現場の中にも、タイヤ交換のあと不足した空気をチョイ足ししてくれるガソリンスタンドの諏訪富商店さんにも、最新式のドラム式乾燥機付き洗濯機の中にも、神様はあらせられるのだと思います。逆にドラム式洗濯乾燥機のフワッフワの仕上がりなど、神の御業としか思えません。そんな中で、これはあくまでも僕個人の意見として捉えてい頂きたいのですが、昔から僕には確固たる主張があります。批判を恐れず言うならば「八百万の神様も、歯医者さんにだけは居ない」という事です。あの雰囲気や匂い、音、痛み、非人道的行為の数々を国連安保理が野放しにしているのも、いかがなものかと思います。そんな中、行きつけの歯医者さんに内装を頼んで頂きました。3か月に一度の定期検診で診療台に座ってみると、なんと僕が貼った天井の壁紙の端が剥がれて三角に垂れ下がっているではありませんか。先生に「天井の隅の壁紙が剥がれて垂れ下がっている事にお気付きですか?」と聞くと、「自分は下ばかり見ていたから全然気付なかった。いいよそのままで」との事。「お言葉ですが先生、我々患者は、つらい気持ちの中、常に天井の一点を見つめて恐怖と戦っているのです。おそらく患者さん全員が気付いていますよ」というと「そーかーじゃー適当に直しといてー」という事でした。三か月後の定期検診の時に、僕は先生に、思い切って言ってやりました。「天井の隅の壁紙が未だに直っていない事にお気づきですか?」と。すると「自分は下ばかり見ていたから全然気づかなかった」との事。「お言葉ですが先生、我々患者は、つらい気持ちの中、常に天井の一点を見つめて恐怖と戦っているのです。おそらく患者さん全員が何時直るのか気になっていると思いますよ」と。「じゃーマジで直しといて」という事で、後日しっかりと補修作業をさせていただきました。小林歯科医院には、ひょっとすると神様がいるかも知れないと、後から思いました。川が近いからですかね。※言い訳1※壁紙の剥がれは施工不良ではなく、近隣の地盤工事が原因でした。多くの患者さんが恐怖の眼差しで一点を見つめた事も原因の一つと思われると、問屋さんも言っていました。※言い訳2※仕事の予定を管理しているスマホの電源を、お医者さんでは生真面目に切っていたため、約束をすっぽかし、完璧に忘れていました。※挨拶1※本年も変わらぬご愛顧を、よろしくお願い申し上げます。

有限会社 森茂八商店 HP
2016-12-23

平成28年12月(第64号)

朝からラジオ体操をするような工事現場に入ることがあります。ピカピカの腰袋やヘルメットをしていると舐められやしないかと、疑心暗鬼になり、前の日に新品メットをコンクリになすりつけてベテラン感を出したりします。旅行慣れしているトランクと同じ原理で、色々な現場に出入りするベテランは、ヘルメットに、色々な現場の入場シールが貼ってあり、無造作に剥がした痕等も貫録ポイントを増します。そのため僕などは、ほかのベテランの人から工事の終わったシールを分けてもらって貫録ポイントを上げたり。それでは足りないので、昼に食べた「30パーセント引き」「昼10時に作りました」などのシールをヘルメットに貼り、無造作に剥がすことにより、ベテラン感レベルアップに等余念がありません。工期が緊迫した現場などの修羅場感は、独特の風情があります。今日は地獄絵図と化した工事現場で僕が聞いた、どっかの職人の絞り出すような叫びベスト3を発表しようと思います。基本的にはどの叫びも、寒さ、暗さ、いつ終わるとも知れない恐怖と相まって、精神的に追い詰められた怒髪天の状態だと想像してください。第3位 上山の体育館だったか「さっきがら俺のコンセント抜ぐなだれだー!!」 純粋にコンセントの口が四つしかなく、明らかに職人の数とマッチしていない現場では、自分の工具を動かすためには、他の人のコンセントを抜く必要があります。僕も何度も抜かれ、何度も抜きました。コツとしては遠くの人のコンセントを抜いて、背中に怒気を発しつつ素早く姿を消すことです。コソコソしてると怒鳴られます。抜いたところに自分の工具を刺さず、隣の人のコードと付け替え、空いたところに自分のコードを刺す等、カモフラージュの技術も向上してきます。でも音で誰が抜いたか大体検討付くんですけど。とにかく見つかれば殴られる覚悟でみんな働いています。話は逸れますが、やたら電圧の低い工事現場も切ないものがあります。細々と回る電動工具を見ていると、己の無力さを痛感し、すごくみじめな気分になります。第2位、夜ではなく午前中、確か酒田市の現場で、パートナーを待っている風のおそらく電気屋さんの電話の内容です。「いつまでまたせんなだ...米沢どっ!!」どういう段取りミスがあるとパートナーと150k離れることになるのか…詳細は分かりませんが、「よねざわどっ!!」忘れられないフレーズです。ダントツ第1位は12月24日クリスマスイブの一般住宅、風雪の午後7時過ぎ、いつ終わるかも分からない寒くて殺伐とした現場でしたが、引き渡し期日は明日。突然屋根の上から「あど金なの要らねなやー」という悲鳴にも似た絶叫が聞こえてきました。工期が遅れて滅茶苦茶な段取りで、僕もかなり気分が荒んでいましたが、流石にこれは吹きました。この家で明日施工主の家族がクリスマスの団欒をして笑顔が溢れるんだな~と、その時思いました。経験上、建築物というものは、多くの場合、このようにして作られています。

有限会社 森茂八商店 HP

鶴岡市住宅リフォーム補助金 まだ間に合います(*・`ω´・)ゞ
2016-12-05

洗面化粧台交換 施工事例

洗面化粧台交換工事

2016.12 完了

s-写真 2016-11-07 13 08 06
施工前

s-P1000074.jpg
施工後


水漏れがひどく、洗面台に収納することもできず
バケツに溜まった水を毎朝捨てることが毎日の日課でした

洗面化粧台:クリナップBGA 巾750mm
今までの洗面台に比べ、ボウルがスッキリしています

有限会社 森茂八商店 HP

鶴岡市住宅リフォーム補助金 まだ間に合います (*・`ω´・)ゞ
2016-11-29

平成28年11月号 (第63号)

保育園の運動会のイベントに父兄の綱引きというものがあります。我が家がお世話になっている常念寺保育園さんでは、年少が「さくら組さん」、年中が「ばら組さん」、年長が「まつ組さん」となっており、運動会のメインイベントで毎年組ごとの父兄同士で綱引きをします。まだ三年目なのですが、朧げに悟ったのは、毎年さくら組さんが瞬殺で負けるということです。さくら組さんのお父さんお母さんは、初めての方が多く、隣のお母さんと手が触れないように、後ろのお父さんの足を踏まないように、などと気を使います。そう考えると片手しか綱につかまれないな~ あはは等と悩みが尽きません。時を同じくして、まさか相手が、大の大人にもかかわらず、手の皮が剥けるのも辞さず、知らないお父さん同士、汗ばんだ手を握り合い、後ろの人の足を踏みにじりながら本気で綱を引っ張るということは想像もしていません。そのためスタートの合図の瞬間にすでに勝負はついています。「あれ?この人達、もしかして本気?」などと気づく暇もありません。頭の整理がつかない「なにが起こったの?」というようなザワザワした動揺の中、次の対戦相手にもいちころで負けます。そもそも参加者の選定時点で違います。まつ組さん、ばら組さんは、相手を油断させるために可愛げなお母さんを前列に配置します。隠れるように後列に全く笑わない、下手すると軽く武者震いし、何故か手に滑り止めの白い粉がついてるような、屈強で胸毛の生えたお父さんたちを、大勢隠しています。洞察力の優れた人であれば、ばら組さん、まつ組さん父兄がいた近くの石灰ラインがさっきより薄くなってることに気づくでしょう。対する、さくら組さんは何の作戦もありません。石灰ラインも、さくら組園児、父兄と同様ピカピカの新品、引き立ての美しさです。そうして初年度惨敗し、涙の滲んだ一小グランドの砂を持ち帰った、さくら組さんのお父さんお母さんが、次の年にばら組さんとなり、胸毛も生え、年端も行かぬさくら組さんのお父さんお母さんを、赤子の手を捻るように負かし、まつ組さんのお父さんお母さんと、桶狭間の合戦以来の伝説的死闘を繰り広げるわけです。子供に親も育てられると言いますが、さくら組さん、ばら組さん、まつ組さんになるにつれ、園児たちが2寸2分づつ背丈がのびるように、お父さんお母さんもよりたくましく、より大人げなく育つのだと思います。

有限会社 森茂八商店 HP

鶴岡市住宅リフォーム補助金 まだ間に合います(*・`ω´・)ゞ
2016-11-22

屋根雪止め取付 施工事例

屋根雪止め取り付け工事

2016.11 完了

s-写真 2016-11-14 10 48 04-1
施工前
< 既存の雪止め金具が雪の重みで既に倒れこんでいます >


s-写真 2016-11-14 10 48 32
施工後


s-写真 2016-11-14 10 48 08-1
施工後
< スノーストップ設置 >


通常の屋根より急勾配の為
今まで雪止め金具が一段でしたが二段に増設
軒先の下に雪の塊が落ちないように
軒先にはスノーストップを設置しました。

有限会社 森茂八商店 HP

鶴岡市住宅リフォーム補助金 まだ間に合います(*・`ω´・)ゞ

2016-11-19

建具交換 施工事例

建具交換工事

2016.11.19完了

s-P1000036-1.jpg
施工前


s-P1000040-1.jpg
施工後


玄関から見える茶の間の入口の引き違い建具を交換
建具の色は周辺の壁の色に合わせました

有限会社 森茂八商店 HP

鶴岡市住宅リフォーム補助金 まだ間に合います(*・`ω´・)ゞ
2016-11-19

平成28年度10月号(第62号)

うちのワル子供たちのルーチンですが、まず帰宅すると手を洗わせご飯を食べさせます。これがはかどりません。いつまでもグダグダ言いながら食べます。会長に保育園の迎えに行って貰うのですが、帰ると暫く会社の奥でゴソゴソしています。その時子供たちはどうも何かに舌鼓を打っているようです。巷ではジージ等と、可愛らし気に呼ぶらしいですが、兎に角そのジジイがなんかを食わせる訳です。確かに鯉も白鳥も、なんか食ってるところを見るのは良いもんです。動物園でわざわざニンジン等を100円出して買って馬や象に餌をやるのも、よく考えると謎の衝動です。僕だったら、金さえ出してくれれば、いくらでもウマウマ食べてるところを披露するんですけど、おじさんがなんか食ってる様子は、少なくとも現代の日本では全く需要が無い様です。子供たちの食欲がないと家に帰って尋問開始です。初めは子供たちも否認します。厳しい追及によって「諒君が食べてた」「久君も食べたでしょう」と、お互いを陥れようとし、やがて白状し始めます。子供のあやふやな供述をもとに大きさや色を聞き出し、時間をかけて似顔絵を作成してみると、どうも「でん六豆」あたりが怪しいようです。文句を言おうものならば、明日から僕が雨の日も風の日も毎日5時でお迎え確定ですので、そこは藪をつつかない様に気を付けています。7時から食べ始めても食べ終わるころにはもう8時を過ぎています。ネンネの時間です。しかし両容疑者とも入浴がまだです。そこから身柄を拘束し入浴させる訳ですが、毎日凝りもせず泣きながら暴力も振るいつつ全力の抵抗です。私務執行妨害です。風呂におもちゃを入れたり、オノセンセイかハラダセンセイから注射を打って貰うと脅したりします。モシモシだけの約束で入浴させ、風呂から上がる頃には、すっかり9時です。ネンネの時間です。しかし歯磨きがまだで、これも大変な労力です。そこから塗り絵を始めたり、電車を並べ始めたり、両手になんか持って四機編隊のブルーインパルスごっこを始める訳ですが、もうあらかた10時です。オニの時間です。ネンネしなかった子供を鬼が頭からソリソリ食べにくる時間です。「もう明日にしなさい、鬼そこまで来てるし」と言われると、しぶしぶネンネ準備につきます。毎夜毎晩「明日にしなさい」と言いながら、ふと偉い人の言葉を思い出しました。「明日あると思う心の仇桜」興味を持ったので調べてみると、浄土真宗を開いた親鸞聖人が9歳の時、仏門に入る儀式を翌日に延ばされそうになった時に読んだ句だそうです。全文は「明日あると思う心の仇桜、夜半に嵐が吹かぬものかは」明日が当たり前に来るわけではない、今できることを今やると言うわけです。9歳なのにえらいねーと思う一方で、一時期「明日あると」を「アスファルト」だと思って「ど根性桜」をイメージしていた過去の自分を改めて恥じ直しました。

有限会社 森茂八商店 HP
2016-09-06

平成28年度9月号(第61号)

冷房のない生活をしばらくしていたことがります。地獄でした。現在鉄筋コンクリートの4階に住んでいますが、ベランダなどが無いために、エアコンを設置するにはエアコン代のほかに50万円位の足場代が必要だといわれた為です。数年我慢しましたが、鉄筋コンクリートというのは、熱容量が大きく、夜になってもいつまでもポカポカと、たまらなく暑いのです。足場を組んでからどのような作業をするか聞いてみたところ、屋上から降ろしたパイプを外から通すだけで、作業としては45秒位ですとのことです。耐えられなくなった僕は東京に行き、当時最新式のブランコ作業高所用具を一式講習付きで買ってきました。30万円ほどでした。テレビなどでは見たことがあるかもしれませんが、ロープに小さなブランコと呼ばれる板をつけて、それに座って体一つでぶら下がるアホな道具です。講習を受け、安全確保も万全で脚立よりも格段に事故が少ない、現実にはとても安全な作業なのですが、如何せん見た目は最悪です。人間なんかちっぽけだなということを、立体的かつ視覚的に解り易く表現してくれます。屋上から身を乗り出しロープに荷重がかかるまで手でぶら下がる工程は、何度降りても慣れません。荷重が掛からなかったら、腕力のみで戻らなければなりません。作業中にロープのたるみが伸びて、どうしても突然5㎝くらい下がる時があるのですが、どっか口では無い所から「の!」みたいな声が出ます。何はともあれ、とりあえず命を懸けてエアコンを設置したわけですが、実際にエアコンを設置してみると、あまり使いません。気付いたのですが、エアコンがあるのに付けないで団扇などで過ごすのは風流ですが、エアコンが無くて暑さの中のたうち回るのは、全く風流ではありません。つまりうちの場合はエアコンを設置するだけでスイッチのオンオフにかかわらず過ごしやすくなりました。先日は食器洗浄機が壊れました。夕食の食器洗いは半分僕の係です。この世の終わりだと思いました。アドダミダと思いました。一刻も早く買わなければ家族が猫ごと全滅すると思いました。明日電気屋さんが開くまでどうやって耐えようかと思いました。溜まった洗い物の前で、どうしようどうしようと狼狽していると、嫁が「仕方ないから手で洗うか」と言いました。反射的に「どうぞ宜しくお願い致します」と丁重に言いながら、心の中で「そっか、手でも洗えば洗えるのか、逆にね!!」と目からうろこが落ちました。人工知能が発達して、やがて人間を駆逐し始めるなどと、SFじみた話題がありますが、僕は既に白物家電にガッチリ支配されています。
2016-09-06

平成28年度8月号(第60号)

自分だけなのかと思っていたのですが、同類が居てうれしかったという話です。あまり機会はないですが、夕食後満腹になった状態で、スーパーに買い物に行くことがあります。夕食後ということもあり、時間も遅くなっています。買わなければいけないものは買うのですが、そこから、刺身コーナーに回り、寿司コーナーを見て回ります。初めに書いたように、すでにおなか一杯です。それならば、なぜ保存の利かない刺身コーナーや寿司コーナーに行くのか、その目的は、ただ一つ、安くなっているのが見たいのです。半額のシールが貼ってある風景を、眺めたいのです。旅先で川が流れていると、意味もなく覗きたくなるのとは、また違った衝動に思います。地面に穴が開いていて、覗きに行くのは、おそらく老若男女に兼ね備わった、いわば人間のDNAに組み込まれた本能と思います。しかし、それらは、魚がウヨウヨいるかもしれないやら、穴が自分が思っているその3倍以上深いかもしれないなど、自分の目で確かめ納得したいという衝動と思います。一方寿司や刺身に驚くべき結果は期待できません。しかし半額シールが張られた、寿司寿司寿司、刺身刺身刺身を、後ろに手を組んで、ゆっくりゆっくり眺めながら歩きたいのです。見ている対象物を知らないで僕のいつくし様な眼差しの態度だけを見れば、国立博物館で美術鑑賞をする紳士のようにも映るかもしれません。そんな話を知り合いが集まった時にしていたら「よくわからない」とか、「おなか一杯なのに、よく見る気になるね」などと言う否定意見の中、ただ一人O君が意を決したように「理屈じゃねーんだよ」と言いました。O君、お前もか
2016-06-27

平成28年度7月号(第59号)茂八通信コラム

現場で家庭用掃除機が必要になり、結果として自宅の掃除機を新調しました。届いた掃除機の段ボールを家に置いておいたら、帰宅した嫁が早速気が付き、背中を丸めてボソボソと段ボールを開けている様子でした。僕は7時のNHKニュースに夢中でした。なにやら説明書を見ながらブツクサ言いつつ、猫と相談しながら、いろいろ組み立てていたようですが、程なく完成したようでした。早速嫁が掃除機掛けを始めたのがテレビを見ながら後ろの気配でわかりました。以前使用していた掃除機と違い、最新式の掃除機はすごく静かです。ウィーンという音が、テレビを見ていても全く邪魔になりません。世の中の進歩はすごいなーと思いつつ、しばらくして気が付いたのですが、掃除機の音が何やら息継ぎをしてるように思います。おかしいなと思って振り返り、縮み上がりました。なんと嫁がコンセントを差さずに、自分の口で「ウィーン」と言いながら部屋の掃除機掛けをしていました。思わず出たキツイ山梨弁で「おめーあにやってるだ!!」というと、「れんしゅー」という謎の答えが返ってきました。これだけ科学が発展した現在においてもなお、不可解な事柄というのは、もしかすると今夜も皆さんが7時のNHKニュースを見ている、そのすぐ後ろでも起こっているのかもしれません。大抵のことは、そのまま気づかずにやり過ごしているのでしょう。実際に満を持してコンセントに差し込み、掃除機を点けてみると初め静かだな~と思った感動の反動も相まって、爆音でした。
2016-06-27

平成28年6月号(第58号)茂八通信コラム

東京出身の嫁が、東京は世知辛いが、鶴岡は人情味があるといいます。なんでと聞いたら、嫁曰く主婦の店の米売り場でどの銘柄にしようかと悩んでいたら、隣にいたおばさんが「の~ まようの~」と言ってきて、思わず笑ってしまったと。東京だってそういう事もあるんじゃないと聞くと、そんな事は無いと断言します。その証拠に…と話が続いたのですが、不思議な話でした。東京に帰省しているときに、人々の雑踏の間から、猫がさながらロケットの様な猛烈な勢いで飛び出してきたのだそうです。そしてその猫ロケットは、一直線に嫁の弁慶の泣き所に直撃したそうです。嫁に言わせると、とにかくその猫が「すげーイシアタマ」だったそうです。そのすげーイシアタマの猫が弁慶の泣き所に激突した瞬間、ゴツンとものすごい音がして、思わず雑踏の中「いてー」と大きな声が出たそうです。うずくまって足を擦りながら恥ずかしくなって辺りを見渡すと、沢山居る人たちが全員知らないふりをして、目をそらし通り過ぎていったそうです。思わず嫁は心の中で、「みなさん!!今すごいイベントが起こりましたよね!!みなさん、ごらんになりましたよねー!!」と叫んだそうです。結局誰も目を合わせてもくれず、仕方がないので誰かに話したい衝動を満足させるために、そこらへんにあった店に入り、要りもしないものを買い「今ですね~」と説明して帰ってきたというのです。「東京はせちがれっ」と怒る嫁の出身地は東京都東村山市で、僕は微妙な線だと思っています。
2016-06-27

平成28年5月号(第57号)茂八通信コラム

先日ソファーをローソファーにして大失敗した話を書きましたが、後日談として、yahoo知恵袋に知らない人が「教えてください!!」「足を切って短くした椅子を、もとに戻す方法!!」と書いてるのを目撃して、大爆笑したことを思い出しました。きっとその人も足を短くする時、酒にやられてたんでしょう。さて本日の疑問は、単なる「おかわり」なのか、「洗ってない食器を使う不潔野郎」なのかと言う、恐らく解決不能な命題です。状況を説明しますと、例えば朝コーヒーを飲みます。続けて二杯目を飲んだら、これは誰に後ろ指を指される事も無い、完全無欠の「おかわり」です。では朝7時半にコーヒーを飲み、8時15分に飲んだ場合、これはやはり「おかわり」でしょう。しかし9時あたりに飲んだとしても、これはやはり多くの人が「おかわり」で通すと思うのですが、意外とそうでないと感じるグループが出てくる可能性があります。10時半のティーブレイクに朝使ったマグカップを使った場合、男性の12%、女性の75%程度から、そろそろ「信じられない」等の言葉がちらほら出始める筈です。しかし、ここでも単純にいかないのは、例えば中身がコーヒーの場合、それもブラックかミルク入りかで違いますし、季節でも当然違ってきます。中身がコーンポタージュの場合は、男性でも7割以上の人が違和感を持つ筈です。ここで僕は疑問に思う事が有るのですが、中身が同じでも明確な違いが出る理由として、一度席を離れたかどうかで、大分印象が変わるという事です。朝コーヒーを飲んだまま、カップを脇に置いて仕事をし、そのまま10時になった場合は、結構「おかわり」で通用するように思うのです。トイレに立ったくらいではこれは変わりません。しかし例えば家でコーヒーを飲み、一度職場に行き、何かの理由で10時に帰宅してそのまま飲んだら、これはどうでしょうか。意外と不潔野郎感が出始め、昼だと完全にアウトという感じではないでしょうか。僕もさすがに朝ご飯を食べた茶碗で昼ごはんも食べることは到底できません。同じ問題として、何故トイレの己のビッグが気にならないのに、一度ドアを出て何かの拍子に戻った時に自分のビッグの気配を感じたとき。あんなに大好きだった自分なのに、すごく距離を感じて、まるで他人のものと同じような嫌悪感を抱くのか?ひそかに一番書きたかった事を、可能な限り上品にさりげなく混ぜ込みましたが、話を戻し、この単なる「おかわり」と「不潔野郎」の境界線は何処に存在するのか?食事が食べ残しに変わる瞬間はいつなのか?もしコーヒーを3時間おきに飲み続ければ、マグカップは未来永劫洗う必要がないのか?焼酎のロックだったら次の日も次の日も洗わなくても大丈夫と思っているのは僕だけなのか?何故ずっと家にいればカレーは安全だが、外出すると危険になるのか?何故何も悪い事してないのに僕の携帯の電話帳は、一度全部二重に表示されるようになった後、ちょっといじっただけで、ひとつ残らず消えてしまったのか!? ? ?
2016-06-27

平成28年4月号(第56号)茂八通信コラム

取引先の畳屋さんの奥様は、いつも子供たちを怒っているのだそうです。自分が晩酌をしているときも、子供たちをしかりつけているので「あなたは、よくそんなに四六時中おこっていられるなー」と奥さんに言ったら、もう滅茶苦茶怒られたそうです。自分の危機管理能力が酒のせいで鈍ったせいだと肩を落としていました。確かにお酒は人の判断力を鈍らせます。僕もかなり昔ですが、家族がいない隙に、酔っぱらった勢いで、ソファーの足を無くしてローソファーにしてしまったことがあります。いざローソファーにしてしまうと、でかい座椅子のようになってしまい、座るたびに集団で後ろに転げ、集団で壁に頭をぶつけるという、さながらドリフの大爆笑的な状況が起きるのです。確かにひっくり返ったソファーの向こうから足が六本出ている風景は、見ている方は大爆笑ですが、転がる本人達はなんも面白くも可笑しくもありません。しかもここは我が家なので、見ている人なんかいません。転がる人だけです。しかし酔っぱらっていたために正常な判断ができなかった僕は、安直にソファーの足を切ればローソファーになると思っておりました。しかも翌朝起きてみると、足を切断する過程で何があったのかわかりませんが、ソファーの一部が焦げ、それを慌てて消火したと思われる水たまりと、脇に鍋が転がっていました。思い出したのですが足を切ったらソファーを固定するボルトが直接地面についてしまい、さながら貴族用の高級シーソーのようになってしまったために、酔ったまま作業場まで行き、グラインダーで切断するその火花がソファー生地に着火し燃え移り、災害に発展したものと思われます。その煙に巻かれてあの時僕が死んでいたら、さすがのシャーロックホームズも眉をひそめたに違いありません。中から鍵がかかった完全なる密室状態の中、亡骸からは大量のアルコール。傍らに転がる凶器と思われるグラインダー、そして燃え残った謎の高級シーソー。他殺か自殺か。皆さまお酒を飲んだら、なーんも考えないほうが良いですよ
2016-03-08

平成28年度3月号茂八通信コラム

今回は犬のおやつとおならについての相関性について考察してみました。犬などを観察していると、犬は大と小の完全分離に成功しているように思われますが、人間はまだ、そこまで行っていないように思われます。進化が進めば犬のように完全分離できるのか、それとも合理性を追求し進化した結果が今の人間が採用しているシステムである、いわゆる「大は小を兼ねる」的な構造なのか。人間の場合、大の折に小を分離することは、至難の業です。よほど修行を積んだ高名な仏僧などは可能かもしれませんが、僕のような凡人には分離することは不可能です。小の時は大を分離することができます。しかしながら、そこには少なからず相関性があるということは、皆さんも実感されているのではないかと思います。高速道路のサービスエリアで小用を足しているときに、後方から招かれざる気体のノックを感じることがあります。誰もいなければ、それこそ絵画「民衆を導く自由の女神」に従った民のように自由に向かって思うがままに解放されればよいでしょうが、隣におじさんがいるとそうもいきません。僕がいるにも関わらず、平気で人民解放運動をするおじさんも多々ありますが、僕はまだ年端もいかず、例の乙女心のアレもありますので…。そんな中、先日早朝の寒河江サービスエリアで事件が起きました。そのときも後方の気体をなだめつつ小用を足していたのですが、何がきっかけになったのか、いきなり大きな民衆運動に発展し、強く開放を要求されました。僕は「周りにおじさんがいるから、一分待ってくれ」と思い、関所を固く閉ざしたのですが、その関所のわずかなスキをついてほんの一握りの民衆が開放されました。普通にしていれば何のことはないのですが、下手な抵抗をしたのが裏目にでて、ものすごくイビツな形で外に出ました。具体的には、聞いたこともない高音のスタッカートで音が出ました。僕は自分のスタッカートに驚き、狼狽したその隙を見て再び民衆が開放されました。二度目の開放は昔のパソコンを立ち上げる時のポピ音のようなものができました。その二度目の自分のポピ音が笑いのツボにはまり、結果的に最後まで抵抗しつつ、様々な特色を持ったイビツな形の民衆を2秒置き程度の間隔で6回に分けて完全放出するということが起きました。犬におやつを上げるときはコツがあります。犬は大きな一つのおやつをもらうとこう思うそうです。「おやつを一個くれてありがとう」。そのおやつを半分にちぎって分けてあげるとこう思うそうです。「おやつを一個くれてありがとう」×2。大きなおやつを10個に分けてあげると、「おやつを一個くれてありがとう」と10回思うそうです。おならもどんなに小さくても一個は一個、知らないおじさんに変な音を聞かれて恥ずかしーなーと6倍思いました。手も洗わずそそくさと立ち去りました。おならをするときは、一回で大きな丸い形でオーソドックスなやつを出したほうが、お得ですよというアドバイスですが、余計なお世話ですね。書き始めたときは悪気はなかったのですが、途中から自分でも文章をコントロールできなくなりました。反省して二度と下品なことは書かないと誓います。
2016-03-08

平成28年度2月号茂八通信コラム

という訳で蛾の話の続きなのですが、先月号をご覧になってない方は、何のことかさっぱりだと思いますので、ぜひ先月号と合わせてお読みください。二か月に渡ると前回何を書いたのか全く覚えておらず、並々ならぬ情熱をもって書いたことだけは覚えてるのですが…ということで読み返してみました。若者のフユシャクという蛾が夏場は天敵が多く滅茶苦茶食べられる為、それを防ごうと冬場に生きる決意をし、その代償として羽根を無くすという大胆発言を会議でするみたいなことになっていました。そもそも蛾が何年も生きるはずもなく、若者の蛾も年寄りの蛾もいないのではないかというのが醒めた今月の僕の率直な感想でした。しかし鱗粉を巻き散らすという、蛾に生まれた唯一の特権を実際に捨てた蛾が存在し、月山朝日博物村に標本になっています。前回は僕も情熱のあまり、あたかも蛾の会議に出席しているかのような書き方をしておりますが、頑張ってその会議とやらに参加している気分で書いてみようと思います。「羽根を無くそう」と若者の蛾が発言しただけでも場は騒然となったと思いますが、この若者の蛾は畳みかけるように、さらなる爆弾発言を提案します。「冬場はさみーので、なんか食べたらお腹の中で凍ってしまいます。したっけ食べるのをやめましょう」もう皆がアングリの提案ではないでしょうか。紛糾するどころか、しずかーになるレベルの的外れな提案に思えます。普通は失笑&無視で終わりでしょう。「もう話にならん」とあきれ返る重鎮の蛾たちの顔が目に浮かぶようですが、実際にフユシャクは口を退化させています。僕はこの説明文を読んだときに驚愕しました。蛾に生まれながら羽根を捨てご飯もだべない、この生き残り方法は、ニッチや隙間産業を目指す当社のような弱小企業の参考になるのでしょうか?現実の話に戻りますが、先日アホな若者のヘンテコな意見に耳を傾け、受け入れ、同調し、失笑し、時には厳しい意見を下さった大切な取引先の親方の突然の訃報に触れました。なるべく私情を挟まず毎月文章を書いておりますが、最重要取引先の一つでもあり、人生の大きな指針を失った今月は、数日努力しましたが、どう頑張っても面白おかしく文章が書くことはできないみたいです。こうして越えがたい試練を無理やり超えさせられ、好む好まざるにかかわらず、若者がいつしか重鎮になっていくのでしょうか。今度は夢の中で叱ってください
2016-03-08

平成28年1月号社長コラム

旧朝日村の月山朝日博物村にて、恐竜展と昆虫展を交互に開催しており、子供を連れて足しげく通っております。ふれあいコーナーに居るウサギが凶暴で、「かじりますよ」と手を傷だらけにした担当者が笑顔で教えてくれます。蛇もハムスターもかじるそうです。心の中で「かじりますよじゃねーよ」と思いましたが、今はどうでもよいです。そこでフユシャクという蛾が展示されており、そこにそっけなく驚きの生態が淡々と書かれております。初めは気にも留めませんでしたが、内容をよく読んでみると、思わず「マジカ」と声が出ます。その蛾は羽根を退化させてそうです。なぜ退化させたかというと、生活の場を天敵の少ない冬に選んだため、寒くないように羽根を無くしたのだそうです。当社でも稀に会議めいたものを行い、「やはり社会情勢に合わせて変化しなければyes we can!」などと、前の日のニュースで見たことを丸パクリにして物知り顔に会議したりしますが、おそらくこの蛾の羽根を無くす会議は紛糾を極めたのではないでしょうか。きっと若者の蛾が、手だか羽根だかを挙げて「夏場は天敵が多く、めちゃくちゃ食べられるので冬に生息してはどうでしょうか」なんて提案などをしたと思います。いわゆる隙間産業やニッチと呼ばれる、弱者の生き残りの基本です。しかし早くも保守的な年寄りの蛾などが、鼻で笑いながら「馬鹿なことを」とか「最近の若者は」的なニュアンスで否定が入ったでしょう。「さみーよ」などのヤジも飛んだでしょう。人間の会議はこのままうやむやになり、今まで通り当たり障りのない結論に落ち着き、若者たちは飲み屋に流れ、そこで重鎮たちの悪口で「何もわかってない」とどと言いつつ酔っ払い、二次会でお姉さんのいる飲み屋に行き忘れてしまいます。この若者たちがやがて中堅になり重鎮になり「最近の若い者は」などという訳です。フユシャクは違ったようです。さらに一歩踏み込んで、「冬に生きるためには、さみーから表面積を減らさなければならないので、羽根を無くそう」こんな大胆発言が飛び出すと、場はざわざわし俄然盛り上がります。「蛾に生まれた以上リンプンを巻き散らしてなんぼだろう!」などの怒号が飛びます。確かに蛾のアイデンティティーはリンプンといっても過言ではありません。そのリンプンを捨てるという意見は簡単には受け入れられなかったでしょが、スペースの関係でこの蛾のさらなる大決断はまた来年。皆さま、よいお年を
2015-11-30

平成27年12月号(第52号)

先日歩きで信号待ちをしていて、白いカクカクした物が落ちているのを見つけました。「ん?」と小さな声が出ました。なんだろーなーと思って、ぼーっと見ていたのですが、いくら考えても、何だかわからず、最終的に無性に気になったので、信号の変わり際に恥ずかしながら拾って裏返してみました。エンターキーでした。もう一度違うイントネーションで「んっ」とさっきより少し大きな声が出ました。どこかでエンターキーを探している人がいるかもしれないと思うと、それはかなり気の毒です。僕も近年「T」が押せなくなって、とても難儀した覚えがあります。改行キーとなると、その苦労はいかばかりかと思います。最近同僚で全く変換も改行もしないでメール送ってくる人がいたら、あなたのエンターキーは森茂八商店にあるんだよと伝えてあてげ下さい。ちなみに茂八通信の社長コラムがまったく改行しないのは、エンターキーがないからではなく、書いている人の意図でもなく、わざとでもなく、だれが悪いわけでもなく、結局なんでだかわかりません。先月のコラムで蟻の話を書いたら殆ど反響はなかったのですが、唯一「私は虫が嫌いです」という一行メールの非常に短い反響をいただきました。今月も来月も虫の話を書こうと思います。同級生から聞いた話なのですが、道の駅で面白半分に「イナゴの佃煮」を夫婦で買ってみたそうです。特に好きなわけではなく、何となくだそうですが、いざ食べてみようと思ったら、なんとイナゴの佃煮の中に、虫が入っていたそうなのです。マクドナルドだったら記者会見物だぞと憤り、買ってきたお店に「ヘーイ」と文句を言おうと思って、電話番号を探しながら鋭く「まてよっ!!」と思ったそうです。「お宅で買ったイナゴの佃煮の中に虫が入っていたぞ!!」という抗議の電話を、笑わずに言う自信がない。もしも電話を取った人から、「いや 全部虫ですけど」などと半笑いで言われたらと思うと、お腹がよじれて安全運転ができなくなると危険だ,などと考え始めたらツボにはまり、お腹がよじれてとても安全運転などしていられなくなったそうです。という訳で来月は蛾の話です。
2015-10-26

平成27年度11月号(第51号)

人間は好む好まざるにかかわらず、多かれ少なかれ色々な組織に属さなければいけません。大きな組織でいえば、やはり国家がありますし、会社や学校や自治体、小さいものでは家族やらサークルやら。人間はこの世に生まれた瞬間から組織の一員になること宿命として背負っている訳です。これらの組織は憲法、法律をはじめ色々なルールで秩序が保たれている訳で、難しいルールについてはあゆちゃん先生に任せるとして、今回は家族などの小さな組織の秩序について無駄に考えました。組織の中で一番単純なものが、蟻などの昆虫のルールだそうです。「蟻のように小さい」と例えられる程、もともと小さい蟻の脳みそたるや、四捨五入すれば、もう「無い」でもいいんじゃないかという位小さい筈です。そのほぼ無い脳みそのくせに、その組織の強固さは物凄いものがあります。徳川幕府も300年程度でしょうが、蟻はそのずっと前から組織としてやって来ている訳で、恐らく人類が滅亡した後も、蟻の組織は存在し続けると思います。これはほぼ完璧な組織のルールが存在しているものと思われます。蟻は働き者と言われますが、実際は7割の蟻が働いて3割の蟻はサボっちゃってるそうです。詳しいことはわかりませんが、恐らく「限界を感じた個体から動く」というルールがあるのではなかろうか推測しました。これは我が家と一緒で、例えば料理や洗濯などは、ほぼ嫁がやります。では、僕一人になったら洗濯物の中に埋もれて餓死するかというと、そうでもありません。学生時代の僕は汚れた食器がたまったら洗うと見せかけ、まだ洗いません、利用可能な食器がなくなったら鍋の蓋を食器にし、それも尽きるとカーペットの上にサランラップを敷いて、そこにご飯をよそり食べていました。しかしサランラップの場合静電気でくっついた色々な毛やごみがラップの上にあるのか下にあるのか解らず、いまいち楽しい筈のひとり晩餐会が盛り上がりません。そこでルーズリーフを敷いてご飯をよそってみたのですが、ご飯がくっついてとても面倒であり、そこから渋々と、溜まった食器を洗った訳です。余談では有りますが数年後友人から未使用の食器にラップを掛ければ未来永劫洗わなくて済むと言われ、世の中には横着なヤツがいるなと思いました。まぁ兎に角恐らく嫁はそこまで行くごく手前で限界を感じるタイプの個体なのでしょう。つまり、自分の限界が来る前に他の個体が限界を感じる場合、自分が動く前に他の個体が動く事になり、結果自分はいつも限界に達しない為動かないという現象が現れます。ちなみにタイヤ交換や猫のトイレなどは僕のほうが先に限界を感じる為、いつも僕の仕事になっています。洗濯、食器洗い、子供の世話、食事等、ほぼほぼ一人でこなしている嫁にこの主張をしたら「いいからおめーもやれや」と、簡潔な正論で一喝されました。この「ヤブヘビ理論」については後日改めるとして、かなりテンションは下がりましたが、あえてこの考察を続けようと思います。3割の蟻が働かないと聞きましたが、その3割のサボり蟻だけを集めると、7割は働くようになるそうです。ちなみに働く7割だけを集めても全員働くと思いきや3割は働かなくなるのだそうです。やはり限界ルール説が現実味を帯びて来ました。そこで思ったのですが、まず健康で働けば働ける3割のサボり蟻だけを集めます。そうするとその中にもまた3割はまたしても働かない蟻群が現れます。さらにその3割のサボりサボり蟻群を集めても、はやり3割は働かない訳で、これをサボりサボりサボり蟻群とします。この段階で、この蟻たちは既に多くの他の蟻から「お前マジか」などの言葉を浴びせられて居る筈ですが凄い鈍感力です。気にせず更にそれを続けていくと、最後にはラストマンスタンディングの一番ふとい蟻が一匹残るわけです。この蟻のことを今からは「コイツ」と呼ぶことにします。コイツは一人になった時におもむろに穴からまろび出て「どっこらしょ」と重い腰を上げて働き始めるのか、それともそのまま横になってやがてキノコが生えて冬虫夏草になり、目玉が飛び出すような高値で取引されるのか。そんな話を嫁の友人のイトーチャンにしたら、イトーチャン曰く「きっとコイツは、なんかしてあげたくてしょうがなくなるようなフェロモン的なモノを出していると思う」だそうです。急に風向きが変わって参りました。単純に限界を感じるとかそういう以外の要因として、なにがし本能をくすぐる能力をコイツが備えている可能性が出てきた訳です。「コイツ、アタイが居ないとダメだから」的な、なにやらうすらロマンチックな不確定要素を考慮に入れながらこの考察を続けると、いきなり飛躍的に難易度が上がり、おそらく僕は仕事をする時間が無くなりますし、ただでさえ何を伝えたいのか分からない茂八通信も、A3用紙一杯に文字だけが並び、さかんに謎の理論を主張する、全く意味不明のチラシになることが懸念されるので、後は皆様おのおの考えて、組織の他の個体から、僕の様にいらぬヒンシュクを買わぬよう気を付けながら、上手く議論してみてください。
2015-10-06

平成27年10月号 (第50号)社長コラム

どんよりとした月曜日、起きると朝っぱらから甲高い怒号が飛び交っており、なんじゃこりゃと思いました。どうやら4才児とヨメが言い争いになっている様子です。朝からの怒号は皆既日食など家族一丸で見る等のイベントが無い限り、基本的に毎日の事なので、ネスカフェエクセラを入れ、テレビでニュースを見ながら聞くともなしに、ぼんやり会話の内容を聞いていたら「肉食の肉食の肉食のティラノザウルスレックスじゃなきゃいやなんだ!!」「チンアナゴでいいでしょ多分肉食よチンアナゴにしなさい!!肉食よ」再びなんじゃこりゃと思いました。こんな会話有ります?話しを聞いてみると、秋に行われる保育園の運動会で各家庭でそれぞれ万国旗を作って行くことになっているそうですが、そこになんの絵を描くかで揉めていたそうです。後日物凄く不細工なティラノザウルスの絵が置いてありました。
ティラノザウルスとチンアナゴのせいで、間抜けなスペースが余ったので、前から気になってる事を一つ。「学校の三大七不思議」等とよく聞きますが、よく考えると、延べ21個の不思議が有るわけですよね。それは21不思議なんじゃないかなーと思うのですが、まぁわざわざ人に言うほどの事でも無いので永年モヤモヤしております。同じ事思ってる人居ませんよね。ちなみにチンアナゴは主に動物性プランクトンを食べてるようですのでギリ肉食ですか
2015-08-27

平成27年9月号(第49号)

先月のコラムで胃ガン検診に引っかかり、背中を丸めておさかなを見に行ったくだりでスペースが無くなり、そのまま茂八通信を発送しました。結果ごく少数の方から心配の声が挙がりました。ご心配頂いた検査結果は大丈夫でした。二年前に生まれて初めての胃カメラを飲み、涙とよだれと鼻水を真横に垂れ流しオトメゴゴロがズタボロになった話しを書いた記憶が有りますが、二年経った今も僕の繊細なオトメゴコロは胃カメラの恐怖から立ち直っていません。今回再び「要精密検査」となったのを期にオトメゴコロと相談した結果、鼻から入れるタイプの胃カメラ屋さんを探し出し行って参りました。結果僕の多感なオトメゴコロは完全に無傷です!!鼻タイプ素晴らしい!!ビバ鼻タイプです。ただ検診内容は本命は大丈夫だったのですが、前回居ないといわれたピロリ菌を発見し、多数の潰瘍も見つかりました。ここ数年の物では無いとのことで、最初の胃カメラ屋さんに、僕の傷ついたオトメゴコロを返して頂きたいと強く思いました。思えばここ10年ほどの間、何軒かのお医者さんから「気のせい」と診断され(たような気が)胃カメラを飲んだ二年前も、ピロリ無し、慢性胃炎だが特に治療出来ませんと、ろくろく薬も出して貰えませんでした。しかし今回「辛かったでしょう、時間はかかりますがしっかり直しましょう」と35日分の薬を貰った僕は「やっと永年苦しんできた胃痛から解放される」と目頭が熱くなった次第です。僕は他人が適度に患っているのが好きです。いや、大好きです。急性扁桃腺炎で3日入院した友人にも、一応命に別状が無いことを確認した上で「苦しいことも有るだろう、言いたいことも有るだろう、腹の立つときも有るだろう、泣きたいことも有るだろう、急に扁桃腺が腫れることも有るだろう、入院中にやたらタバコが吸いたいことも有るだろう。これらをじっと耐えるのが男の修行です」と、せせら笑いながら昔の偉人の言葉を借りて励ましのメールをニヤニヤ送っています。しかし僕は自分自身が患うのは大嫌いです。このコラムを読んでいる皆さんも、そうだと思います。セカンドオピニオンも活用しつつ皆さん健康には本当に気を付けましょう、軽く患ってると、誰かからせせら笑われますよ
2015-08-27

平成27年8月号(第48号)

2度目の胃ガン検診に引っかかり例のごとく人生の終わりをかいま見て、寂しくなり、1人さみだれ大堰におさかなを見に行ったりして...その後どうなったかは色々と訳あって、大変残念なのですが、今回はどうしても書くことが出来ません。そのうちまたコラムにて報告させて頂きます
2015-06-23

平成27年7月号 第47号

ペットボトルを車中に置きっぱなしにし、いつしか腐っていることに気づかずに飲んでしまう事故の事をペットボトル症候群と言うのかと思っていたら、そうではなく、暑くなる季節にスポーツドリンクなどの糖分を大量に摂ることによる急性の糖尿病の事を言うそうです。という事は、ずっと僕がペットボトル症候群と思っていた「いつのまにやら腐っている事に気が付かずに飲んでしまう事」は、名前がないので、我が家の通称である「キラキラウーロン現象」と呼ぶことにします。ウーロン茶のペットボトルは、500mlのスモールも2000mlのビッグも同じ料金で売っているので、当然迷うことなく僕などはビッグを買います。日によっては1日で一本消費するのですが、あまり車に乗らないと、しばらくそのままということになります。車内の高めの温度と、ユラユラ揺れる いわゆる振盪培養といわれる菌にとってはよだれが垂れるような好条件が揃い、ビタミンCという名の防腐剤にもめげず、元気にスクスクと繁殖を開始するわけです。僕が運転をしながら格好良くラッパ飲みするウーロン茶が、助手席に座る嫁から見ると、太陽に透けてキラキラと輝くところから、このキラキラウーロンという名前が付きました。キラキラウーロンを良く見ると雪の結晶の様な綺麗な放射状の物質がユラユラと漂い、とても綺麗です。大体キラキラウーロンは味に変化が無く、今までも幾度と無く飲みましたが、体に変調は有りませんでした。ただ飲んだ後指摘されると、物凄く嫌~な気分になり、えらく恥ずかしく、なんだか無性に腹が立つのが、キラキラウーロンを飲んだ後の症状です。皆さんも一度や二度は飲んだこと有ると思いますが、例のあれ、なんて呼んでますか?
2015-06-23

平成27年6月号 第48号

晴れるはずの休日に雨が降ると、気象庁の家族対抗野球大会が雨で延期になったという話を思い出します。ゴールデンウィークは、家族が二日間旅行に行っている間、1人仕事の関係でお留守番でした。昔テレビから貞子なるお化けが出てくる映画が流行りましたが、何気なく1人の夜にホラー映画を見てしまうというケアレスミスを犯し、久し振りに1人の夜を満喫と思ったのが、ソファーで布団をかぶり隅に寄って小さくなってました。寝るときも面倒なのでLDKのソファーで寝たのですが、テレビからなにか出てきそうで...でも何か薄型テレビなので昔のブラウン管と違ってイマイチ迫力が有りません。チョピット出てきたところでぱたんと倒して重しでも載せて、はみ出した部分をとがったモノでチクチクつつきながら朝まで頑張れば、なんとかなる気すらします。その代わりといってはなんですが、何故かテレビよりも、奥行きのある電子レンジからなにか出てきそうな気がしてたまらなくなりました。良く見ると電子レンジの方が往年のテレビの貫禄が有ります。そちらからの気配に全神経を集中していました。電子レンジから貞子的なナニモノカが出てくるときは、やはり画面的なところを通り抜けてくるのか、それともバコッと蓋が開いて出てくるのか。まさか「チーン」と言って出てくるのか、意表をついて電子レンジの上に置いてあるトースターがぱたんと開いて中から小振りなヤツが出てくるのか、完全に反則で隣の冷蔵庫がバコッと開いて出てくるのか。まさか冷蔵庫の上に置いてある小さなデジタルフォトフレームから物凄くこまいヤツが出てくるのか、考え始めるとどう出てくるのか全く読めません。ちょーおっかないですね
プロフィール

荒物雑貨屋

Author:荒物雑貨屋
インターネットの荒物屋 森茂八商店 平社員のブログへようこそ

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。