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2018-11-06

平成30年11月号(第87号)

ついにこの日がやってまいりました(by鳥取スタバ珈琲)。新しく、元気な大判焼き屋さんが近所にできました。黒船を初めて見た浦賀の人も驚いたでしょうが、僕もその半分以上驚きました。どんな人がやるのだろうと思ったら、友人がSNSの記事を見せてくれました。きれいなお姉さんの写真が出てきて、絶体絶命大ピンチと思いました。友人の気遣うような、同情丸出しの、笑いを噛み殺し切れていない表情が、事態の深刻さを如実に物語ります。うちの原価のやたら高いザラメ粒餡だけがたよりです。でも考えてみると、最近へこたれて第一・第三日曜日は定休日を頂いているので、肩の荷がおりた気がします。もっと店ができて、街歩きが楽しい鶴岡市になれば良いなと思います。仕事では毎日毎日他にも大小様々な、ある意味黒船が来るので、心配の種は尽きません。毎日が浦賀です。だから言うまでもなく晩酌がはかどります。美味しいお酒だと進むので、嫌いな焼酎の水割りを飲んでいます。大五郎です。一杯までのおかわりは、誰に文句も言われることがないと自負しております。一杯目は当たり前です。無論です。二杯目は今日一日仮病も使わず頑張った自分へのご褒美です。ところが三杯目からは、自分でも罪悪感が芽生えます。翌日休日なら良いのですが、平日となると、やはり三杯目は駄目な気がします。そこで頭を働かせてビールジョッキを購入しました。購入するやいなや嫁から大ヒンシュクを買い、直ぐにジョッキは鉛筆立てになりました。次にこっそり475ml入る大きなグラスを購入しました。今までの倍入ります。しかし洗おうと思ったら食洗機のコップコーナーに入らず、皿コーナーに置くと皿5枚分のスペースを取るので苦情を言われましたが、二ヶ月程知らぬふりをして通しました。しかし自分で食洗機を使うときに、この皿5枚分の475グラスがものすごく邪魔で腹が立ちます。そこで食洗機のコップコーナーを厳密に採寸し、ギリギリ入る大きなグラスを探したところ、435mlと若干小ぶりにはなりますが、背が低く径の大きいカフェオレグラスなるものを発見しました。あとはこのグラスの径の大きさと表面張力を利用して、どれだけ焼酎を盛り上げて注げるかという練習するのみです。酔っ払ってしまえばこっちのもので、黒船とも全然仲良くなれます。
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2018-11-06

平成30年10月号(第86号)

うちの7歳児の幼馴染が、イギリスから遊びに来ていたので、月山高原牧場に虫を取りに行ってまいりました。この子の母親は、僕の幼馴染でもあります。月山登山を計画していたのですが、前日に英国の7歳児がアスファルトの駐車場でヘッドスライディングをし、取れかけの乳歯二本を失うと共に、顔やひざやひじも、鬼おろしでおろした様な状態になるという大事故に見舞われたため、急遽ふもとで虫を取ることになりました。うちの嫁、7歳児二名、6歳児、5歳児も一緒です。初め子供たちがトンボなどを追いかけまわしているのを、ベンチに座って親たちはゆったりとお茶などを飲んでいましたが、オニヤンマが通り過ぎるたびに鼻で笑うような挑発的な視線を僕に向けます。降りかかる火の粉は払わなければいけないので、渋る子供たちの虫取り網を奪い取り、後半は子供たちの「虫取り網返せコール」も完全無視して、真剣にオニヤンマを捕獲いたしました。オニヤンマとトノサマバッタの捕獲をしてしまうと、差し当たって昆虫のくせに僕を挑発するものも居なくなったので、何か他の虫でも居ないかと雑木林に足を踏み入れました。するといきなり巨大な糞がありましたので、獣医師の資格を持ち、野生動物の専門家でもある、英7歳児母を呼びました。彼女は色々な人から「これは何の糞?」と始終聞かれているようで、名前を呼んだだけなのに「ふん?」「ふん?」「ふんなの?」「ふんなのね?」と言いながら林の中に入ってきました。僕の見つけた糞を指さすと「これは~ 大きさと言い、食べている物と言い...熊ですね」と言います。「熊という事は、つまりマークーという事ですか?」と僕が聞くと「つまりマークーですね」と言います。僕はマークーの糞の中から、今まで一度も見たことのないような美しい「センチコガネ」という虫を見つけ出しました。ネットで調べてみると「飼えるが、主食は糞なので、家族の寛大な協力が必要」と書いてありました。あまりの美しさに持って帰ろうか迷ったのですが「センチコガネ 価格」で検索してみると「200円~500円」と書いてあったので、何の未練もなく即捨てて帰ってきました。
2018-09-10

平成30年9月号(第85号)

ついにかねてから懸念していた事態が起こりました。カブトムシ室内行方不明事件です。学生の頃に二度同じような事件に遭遇しています。一度目はコクワガタで、学生時代にアパート一人暮らしの時、電柱の下に落ちていたコクワガタを捕獲し、イチゴの空パックに入れて飼育しようとした初日の夜に早速ワンルームアパートで行方不明になりました。いくら探しても出てきませんが、眠ろうとすると、どこからかカサコソと小さな音がします。電気をつけていくら探しても発見には至りません。この状態になると、生活が著しく制限されます。室内での動きは緩慢になり、いちいち自分が歩こうとする場所、寝転がろうとする場所、クッションの裏などを点検してからでないと、行動に移せないということになります。夜トイレに行こうと思っても、探り探りです。朝起きて確認すると、テーブルの上に置いたエサが食べられていたりします。結局一週間毎日の不眠と、スローモーションでの動きを強いられる結果となり、最後は綿ごみだらけのままエサを食べているところを発見し、すぐに軽くデコピンしてから外に放しました。二度目は同じ学生時代、車の中です。ノコギリクワガタがノコノコ路上を歩いている所を捕獲し、車の助手席に乗せて、家に着いたらもう何処にも居ませんでした。これも全然出てきません。仕方ないので、車の窓を開けっぱなしにして、もういないと思っても忘れたころにどこからか音がします。一応入れたエサを食い散らかした跡があります。結局こののこのこのこぎりくわがたは、最後まで出てきませんでした。開けた窓から自然に帰ったのか、まだその車の中に居るのかは、永遠の謎です。話を戻しますが、本日朝に子供がラジオ体操から帰ってきて、カブトムシの脱走に気づきました。脱走というよりも、かねてからきつく注意していた部屋のドアの閉め忘れにより、どう猛な肉食動物の端くれである、猫田よもぎ氏が侵入し、虫かごをひっくり返した形跡があります。破片などがない所を見ると、全部ぺろりと食べたのか、どこかに逃げたかと思われます。この話にオチはありません。現在絶賛行方不明の真っ最中です。しばらくは「だからカブトムシを飼うのは大反対だった」と不機嫌を隠そうともしない母親におびえつつ、四人家族でスローモーションで生活することになります。
2018-09-10

平成30年8月号(第84号)

昨年は、密かに吊るしたフリフリ坊主の影響もあってか、運動会が中止になったため、今年が初めての運動会参加となりました。参加してみると、それまではなんとなく嫌でしたが、結構楽しい物です。2年生になった7歳児が徒競走で3位になりました。きっとえらい政治家であれば、1位にできたくらいの僅差でした。自分の大人としての腕力の無さを感じました。7歳児は、「僕は持久走が早いから、徒競走も頑張れた」と言います。例えば馬のように何十キロも走る能力が、持久走の能力で、チーターのように、一瞬で100k/hで走る能力とは違うよと教えてあげました。たとえばお母さんは、山登りなどに行っても、ハーハーゼーゼーと全然ついてこれないのに、いたずらをしたり、悪口を言ったりすると、ケモノのような勢いで襲ってきて、スペンと叩くけど、それは無酸素運動であり、持久走などの有酸素運動とは、また違った能力だから、練習をしなければならないんだと。ちなみにお母さんのおなかのポニョにエネルギー源の... 等と話を続けていると、7歳児の表情が凍り付き、振り向くと嫁がケモノのような素早さで走り寄ってきて、逃げる間もなく僕の背中を袈裟懸けにひっかいて家事に戻りました。運動会の話に戻りますが、数年前に紅組と合併した我ら赤桃組は、昨年最下位の9位から7位へと大きく躍進を図り、反省会でも一切反省することなく、お互いに自画自賛の嵐でした。唯一かわいそうだったのは、ムカデ競争で、小ムカデと母ムカデは、コーナーがある関係で、前の方からスタートするのですが、必ず父ムカデのところでカーブになり、ほかのチームに抜かれます。考えてみれば当たり前の話ですが、毎年反省会で小ムカデと母ムカデは頑張ってるのに、父ムカデが不甲斐ないと、父ムカデが責められ、酔っぱらった父ムカデたちがクネクネと言い訳しているのは、かわいそうだなと思ってみてました。
2018-06-22

平成30年7月(第83号)

山菜初心者の自分たちですが、更なる初心者を連れて、ワラビ採りに行ってまいりました。初めのころは、やはり山形に住んでいるのだから、山菜を取らなければイカンと思い、ウルイっぽいやつとか、ミズっぽいやつとか、一応採ってきては見た物の、針金のように固かったり、よく見ると、ヤケに艶々していて怖くなったりして、結局一生懸命集めて、家に帰って全部捨てました。山道にグミっぽい実を発見し、口に入れたところ2時間ほど苦みが取れませんでした。帰って調べてみたら、ヒョウタンボクという、名前は間抜けなのに、えげつない毒性の実だったことが判明し、その後は攻めの姿勢を一転してワラビを専門とする穏やかな山菜初心者に戻りました。ちなみにヒョウタンボクを調べて怖かったのは、説明書きに「毒性(成分不明)嘔吐 下痢 痙攣 昏睡」と書いてあり、その「毒性の成分不明」の部分が、やたら怖く感じたわけです。現代科学で解明されていないのは、プラシーボ効果とヒョウタンボクの毒性位ではないでしょうか。その点ワラビは裏切りません。コゴメだかゼンマイだかの、いわゆるかじかんでる系も、全く何が何だかわかりません。考えてみれば、子供の恐竜図鑑などを見ても、どう猛なティラノサウルとトリケラトプスの死闘の後ろで、プテラノドンの下にシダ植物はさも当然のようにかじかんでおり、その歴史から見れば、人間なんてちっぽけなものと思います。というわけで、ワラビ採りの中でも定番中の定番である、三瀬の八森山スキー場に行き、毎年綿棒クラスのワラビをむしり取ってきている訳ですが、今年は其処に山菜スーパー初心者コンノ親子を誘って行って来ました。7歳児二名と5歳児1名は、わらびを採りつつ蛇の死骸をつついたりしながら、なんとか登頂を果たしましたが、お母さんが山麓付近を離れようとしません。頂上から見ると赤い点の様に見えます。もしかして苦々しく思っているのかなと、そそくさと下山して行ってみると。「マダアル」と言っています。まだ有る?「もしかしてこの山のワラビ全部採るつもりですか?」と聞いた所、パンパンのビニール袋を抱えて「この山にあるワラビ、全部持って帰ります」という答えで驚きました。うちだけでも相当の量を採ってましたので、とても食べきれないと思いました。ツルンと喉を通るワラビ餅にして、黒蜜をかけてごくごく飲もうと思い、帰ってネット検索した所、「まず始めにわらびの地下茎を…」と書いてあり、マウスを放り投げました。
2018-06-22

平成30年6月(第82号)

嫁に怖いものを聞きました。発展途上国の食べ物を食べてピーピーになるのが怖いそうです。オプションでおなかが痛くて、うずくまっているところに野良犬が来て匂いをかがれたら、より怖いそうです。車を運転している時、UFOが飛んで来て、勝手にGPSの様な便利グッズ的なヤツを埋め込まれるのも怖いらしいです。でも特に怖いのは「幽霊電車」だそうです。幽霊電車、名前バリ怖いです。一体全体それは何なんだと聞いた所、見当もつかないとのこと。幽霊電車の存在を認めて、電車もろくに通らない鶴岡で幽霊電車に恐れおののいているのに、その内容が「わかりません」では、ちょっと筋の通らない話です。そもそも鶴岡で走っているのは、電車では無く汽車です。よく話を聞いてみると、子供の頃に、図書館かどこかで、タイトルだけを見たのだが、怖くて中を見ることは出来なかったのだそうです。しかし、そのタイトルから、どんどんと自分で勝手に幽霊電車を想像し、もう、いてもたっても居られないくらい怖く、もう中年ど真ん中の今も、ただひたすら怯えて生きているのだそうです。ご苦労な話です。嫁が想像するには、普通に電車にのると、その時は日常的なのですが、気がつくと、もう周りが幽霊だらけのウッジャウジャの超満員状態で、もう軽く幽霊がはみ出す程パンパンに詰まった状態で、どこか知らない遠くに連れて行かれるのだそうです。成る程と思いました。僕のイメージ上の幽霊電車と違います。結果的にどこか知らない遠くに連れて行かれるのは、否めないとして、過程が違います。幽霊というものは、やはりチラリズムの要素を多く含んでおり、幽霊でパンパンになったら、ちょっと違います。幽霊の淋し気な希薄感というか。頭にシャンプーの原液を、いくらてんこ盛りにしても洗浄できないのと同じで、幽霊も、やはりある程度薄まっていないと本領は発揮できないと思うのです。自由に動けないというか。適正な希釈倍率や水分活性というものを無視しては適正な効果は得られません。そもそも一人ひとりの幽霊にそれぞれ長い悲しいストーリーが有り、その背景から醸し出される悲しみやら呪いやらが、もうグッツグツに発酵して成熟し撹拌され、それが満を持して幽霊になって現れるわけで、それが二人同時でもややこしくなります。お菊さんとお岩さんが一緒に出てきたら、怖さ倍増とはならず、なんだか面倒くさいヤツら、みたいになります。話なげーよ、みたいな。それが事もあろうに、電車一両パンパンの状態で出てきたら、もうひとりひとりの背景とかそういうのではなく、結局戦略としては、見た目の怖さを全面に押してゆくしかなくなると思うのです。それって幽霊でしょうか?最初のインパクトで勝負するのは幽霊ではなく、おばけです。なんなら電車いっぱいのミミズの方が、まだ攻撃力がありそうです。という訳で、僕の想像する幽霊電車には、幽霊はちらほらしか出てきません。そんでどこか知らない遠くに連れて行かれます。しかし本当の幽霊電車というのは、どんな話なのでしょうか。
2018-06-22

平成30年5月(第81号)

小さい男の子が2尺(約60cm)~6尺(約1m82cm)位の長さの棒のことを、生まれつきこよなく愛するのは、習性でしょうか。それとも科学的に解明されているのでしょうか。大人になった今でも、男子たるもの棒があったら、とりあえず手に取り、意味もなくフリフリしたり、右手で持って左手でペチペチするのは、XY染色体のYのところに含まれている、なんかよく解らないバカな遺伝子の影響では無いかと思います。手ぶらで山に登っても、男子は帰りに必ず杖をついています。その杖も、初めは貧相ですが、適度な長さ、太さ、形を選びながら、道すがら取捨選択しつつ、だんだんとグレードアップしながら進みます。現場に不要な長さ100cm位の金属や丈夫な木製などの棒があると、なんだかわからないのですが、倉庫の端の代表取締役コーナーに取っておいたりします。先日は古いスキャナを分解したところ40cm位の無垢のステンレス棒がひょっこり出てきました。長さは物足りないものの、重さに魅了され、自宅の宝物箱に入れようとしたのですが、若干はみ出したため、本棚に置いてあります。嫁は聞きます。「これ何?」と。説明に困り、自分でも考えます。「これはなんだろう?」と。取り敢えず重量感のあるステンレスの棒です。「何かに使うの?」と畳み掛けます。「何に使うのだろう?」と僕は思います。本棚からも若干はみ出している重量感のあるステンレスの無垢の棒が捨てられるピンチです。しっかりした返答をしなければ無くなってしまうと、焦れば焦るほど、その棒の存在意義は霧に包まれます。そもそもY染色体にしかわからない、人類存亡に関わる重大な理由があるのかもしれませんが、ちっぽけな僕にしてみたら、もう「理屈じゃないんだよ」としか言えない欲し欲し衝動なのです。そんなピンチの中、土俵際で光が指しました。本棚からは棒の横に空箱も、はみ出していたのです。よく部屋を見渡せば、至る所にジャムやら何やらの、いろいろな形の空瓶もあるではありませんか。そこまで言ったら極めつけは、やっぱり紙袋です。毎日少し遠めのご近所におすそ分けして余りある程の紙袋が、棚の上はまだしも、棚と壁を始め、ありとあらゆる隙間に詰められています。それまで、あまり気が付きませんでしたが、そもそも我が家の棚という棚の最上部には、お菓子の空き箱やらヘンテコリンな瓶やらで溢れかえっているではありませんか。あと輪ゴムと紐も!!。この収集癖は男性のぼくには、とても理解できません。しかし、この点を理論的に詰めていくと、試合に勝って勝負に負けるというような、ロクな事がないことは、43年の経験で理解しているので、僕の大事なステンレス棒は、取り敢えず黙って壁とテレビ台の隙間の巾木の上に詰めることにしました。
2018-04-10

平成30年4月(第80号)

何処も一緒でしょうが、うちの子供も2~4歳位迄、救急車や消防車やパトカーが特に大好きで、言い易さからか、とりあえず全て「ピーポー」と呼んでいました。当時うちの前には消防本部があったので、出動の度にピーポーを窓から見送らねばならず、食事や入浴中でもピーポーが出動する度に作業が中断していました。毎日見ているのに、土日はピーポーを、どうしても近くで見ねばならず、必ず週末になるとピーポーを至近距離から観察に行っていました。ピーポーを見に行くと、ひとしきりピーポーを眺めた後、ふいに振り返り「ピーポーだねぇ」と言ったりします。僕も「うん、ピーポーだねぇ」などと返したりします。僕は「赤いのはピーポーじゃないねぇ」等とも言ったりします。子供は「赤いのもピーポーだねぇ」と返してきたりします。そんな中、東京の嫁の実家に帰っているときに、当時4歳児が手に怪我をしました。うちの建具は古く安いので重たいのですが、東京のバーバの家の建具は、オオバーバ仕様で戸車がついているために見た目よりも遥かに軽く動きます。うちの建具のつもりで渾身の力で戸を建てようと引っ張り、勢い余って建具と壁の間に指を強かに挟んでしまいました。見たことのないような泣き方で、出血の量も多く、傷口からは骨がはみ出している様にも見えるので、直ぐにピーポーを呼びました。到着に15分位かかったでしょうか。異変が起こりました。僕らには何も聞こえないのに、今まで火がついたように泣いていた当時4歳時が「あ、ピーポーだ」と言い出し、泣くトーンが下がったのです。暫くすると、僕らにもピーポーの音が聞こえてきました。出血量を見てもらうために、抑えていたタオルやちり紙を袋に詰めたり、血で汚れた服の着替えを用意している間に、だんだんとピーポーが近づいています。ピーポーがうちに到着した時は、当時4歳児は完全に泣き止み、ピーポーが来た嬉しさから、事もあろうに笑顔さえのぞかせています。ピーポーに乗り込んだ時は、穴があったら入りたい気分になりました。はじめてのピーポー搭乗に当時4歳児がはち切れんばかりの笑顔でピーポーだピーポーだとピーポー内で大興奮なのです。ピーポー隊の人からは、「小さい子なので障害が残る場合もあるから、今回はピーポーを呼んで正解です」と言って貰ったのですが。僕は小さい声で、嫁に「つねって泣かせて雰囲気出せ」などと言いつつ、ピーポーの隅で夫婦二人で小さくなってゴニョゴニョヒソヒソしているうちに、やがてピーポーは病院に着きました。当時4歳児はピーポーを大満喫してご機嫌でしたが、若い外科のお医者さんから傷口をグリグリされ、再び聞いたことの無い声で大号泣していました。
2018-04-10

平成30年3月(第79号)

先日コインチェックの「仮想通貨が流出して、580億円、なんかどっか行きました」というニュースをやっていた所、後ろで猫の短い「にゃ」という鳴き声が聞こえました。振り向いて見てみると、僕のダウンジャケットで寝ていた猫が、鬼のような形相で、食い入る様に7時のNHKニュースを見ていました。狼狽したような、怒っているようなその表情から、僕は瞬時にこの猫も仮想通貨をやっているのでは無いかと疑いました。コインチェックの餌食になったのかと。余目で拾って来た猫から、資産運用されていてはたまったものではありません。まさかとは思いましたが、猫の様な生活に憧れ「森さん、まだ働いてるんですか?もう働く時代は終わりましたよ。これからは寝て過ごす時代ですよ」と言いながら、虎の子の100万円をコインチェックに預け、一時200万円を超えた束の間、わずか数週間で43万になった友人と、醸し出す雰囲気が全く同じなのです。100万円の彼は、今は嫁に怯えつつ寡黙に働いていますが、猫はそのままなので、買ってないのかもしれません。ブロックチェーンの事は興味があり、ビットコインがずっと安いときから仕組みなどの解説を見ていたのですが、自分は買う事はありませんでした。しかし、他の人たちにブロックチェーンとか、仮想通貨とはなんぞやなどと質問に答えていたので、周りは僕も仮想通貨を持っていると思い込んで話をしているフシがあります。高騰した時はまだしも、暴落した時は「実は僕は持っていないんですよね」と言いづらくなったので、取り急ぎアマゾンで、ビットコインと書かれたコインを購入しました。はじめに買った4枚は、1枚当り500円でしたが、暴落後見てみたらなんと98円で売っています。悔しくてナンピンを打つため20枚買って、シャレでいろいろな人に配っていたのですが、先日見たら同じものが更に80円に暴落していました。悔しくて夜も眠れません。
2018-02-01

平成30年2月(第78号)

突然ですが、僕は飛行機が嫌いです。大変に怖いのです。自動車よりも全然大きく重たい飛行機が空を飛んでいるように思うのは、人間の錯覚に違いないと思っています。何かの間違いに決まっていると思っています。それでも何度かは海外に行く為に飛行機に乗ったことが有ります。それは、まさか船で行くわけにも行かず、まさしく背に腹は替えられないという、切実に追い詰められた状況です。だから、たかが東京に行くのに飛行機に乗るという事は、まず考えられない事で、基本的には日本国内であれば、自動車か電車利用しか考えません。だから、あのとてつもなく大きな鉄の塊が空を飛ぶということに、なんの疑問も無く、あっけらかんと東京に飛行機で行く、うちの嫁に連れられて帰京するうちの5歳児、7歳児は、既に僕よりも飛行機に乗った回数は多いと思われます。飛行機と同じくらい怖いのもとして、僕の中では、やはりヒグマです。ツキノワグマであれば、なんか知恵を絞って頑張れば、何とかならなるかもしれないという可能性がある気もしなくもないのですが、ヒグマはもうダメです。全然ダメです。全く勝つイメージが浮かばないのです。目をつぶってシュミレーションしても、やっぱり歯が立ちません。北極熊が最強とデータでは知っていますが、親近感が無いので全く怖くありません。話を戻して万が一の時、車や電車や船であれば、工夫のしようもありそうですが、飛行機は自信がありません。どうやって助かればよいのか皆目見当もつきません。数字的には一番安全な乗り物という事は重々分かったうえで、やはり自分の理解を超えた物は、恐怖を感じます。一番初めに飛行機に乗る事になった時に、友人に飛行機では土足禁止で、靴を脱いで入るというコテコテのガセネタをつかまされ、大恥をかくところでした。このように飛行機は多くの危険をはらんでいます。よく飛行機に乗る友人に、どのくらいの覚悟で飛行機に乗っているのかと聞いたところ、40過ぎてガリガリ君のアタリの棒を引き換えに行く位の覚悟だそうです。結構な覚悟です。 P.S知り合いの知り合いがビットコインの現物を持っているそうなのですがマジですか?
2018-02-01

平成30年1月(第77号)

お客様宅に車で到着し、そのお宅の前で打ち合わせをする前に、心を鎮め、滑らかに話をするために喉を潤そうとした時、その水筒を持つ手が滑り、股間が濡れた場合急転直下でピンチに陥ります。いわゆる晴天の霹靂という事態です。大体運転席で水筒を飲み損ねた場合に、位置的にも量的にも、かなり見栄えの悪い状態になります。うまい具合にシートを伝いお尻の方までぬれたりすると、中までは染みないものの、見た目上は相当な攻撃力を放つことになります。お客様が到着に気づいてない場合などは、遅刻クソクラエとばかりに車を再発進させ、離れたところで乾かすわけです。しかしお客様が時間通りの到着に気づき玄関灯を点けてくださったり、窓越しに軽い黙礼などを交わした場合などは、もう一巻の終わりです。完全にやってしまったと思われるいで立ちでお客様に対峙することになます。逆の立場で考えた場合どうでしょうか。配達の人でも誰でもよいですが、股間がうまい具合に濡れている大人が、何事もなく入ってきて、ふつうに話をし、通常業務を行った場合、平常心を保つことが出来るでしょうか。これはお客様に対するホスピタリティーを著しく欠いた行為と言えるでしょう。きっと僕だって見て見ぬふりをするのでしょうが、精神的ダメージは甚だ大きいと思われます。しかし僕の年齢になると、このような修羅場は、既に幾度となく潜り抜けています。初めのうちは「そこで水筒の水をやってしまいました」とお客様に見せ、軽い笑いを取っていたのですが、どうもその後お客様から下に見られるような気がします。なぜか作業料金も適正でない気がしてしまったりします。その後はオーバーズボンをはいてごまかしたり、玄関先での話だけの場合はビジネスバックで隠して、帰るときにジリジリバックを移動させ、お尻を隠したり等していましたが、先日とある職人さんに凄い解決法を聞きました。その職人さんの対処法というのは、「より濡らす」という物で、まさしく逆転の発想と言えます。僕には思いもつかない方法でした。つまり水筒のお茶を体全体になすり付け、ズボンばかりか上半身さえも濡らすという物です。「前の現場がアレで」等と訳の分からない事を言いながらお客様宅に入るそうです。僕はコソコソ隠す事ばかり考えていて、いわば逃げのオシッコタレでしたが(たれてませんけど)、その職人さんの方法は、濡れを逆に全面に押し出すという。まさしく攻めのオシッコタレと言えるでしょう。オシッコタレ界のチェ・ゲバラです。きっとこの人は死ぬ時も、前のめりに倒れて死ぬんだろうなと思いました。
2018-02-01

平成29年12月(第76号)

愛車コンドル5号が車検に行ったきり帰ってきません。僕はコンドル5号が無くなると半分くらいです。今コンドル5号の大切さを痛感しています。コンドル5号の無い今の僕は、馬の居ない武豊のようなものです。犬の居ない西郷隆盛と同じなのです。気軽に立ち寄ったお客さんから色の話をされても、コンドル5号があれば大丈夫。すぐにカラードグレーやCUDなど実用的な新色を含む、計632色と、更に「色差見本」の第2弾を収録した、色彩に携わる方には必携のツール日本塗料工業会発行の塗料用標準色ポケット版が、当然のように出てきます。雨が降ればポンチョも出てきますし、蛇に狙われれば、手ごろな棒も出てきます。両面テープも出てくるしバールのようなものも常備しているので、どんな釘でも抜けます。パイプレンチが有るので、結構な円柱でもねじれます。たまに床にある穴の二つあいた10㎝位の金属の何だかわからない金具を簡単に外す名も知れぬ道具も出てきますし、傾いている感じがするときに、垂直を見るレーザーも出てきます。胃薬も頭痛薬も絆創膏も各種電池も携帯の充電器も。いろんな太さや長さのネジだって出てきます。東にはまった車あれば組み立て式スコップも出てきますし、西に動かない車あれば、バッテリーケーブルだって出てきます。よそ行きの靴下と靴も出てきますし、極寒に耐えるオーバーズボンもあります。箪笥を滑らかすカグスベール70㎝タイプも二つも出てきます。無論小さな踏み台だって出てきますし、キイロスズメバチが出たら真っ向勝負を挑むラケットも出てきます。突然集金になっても、ちゃんと結構な量のお釣りも出てきます。水道の蛇口がだらしなくなっても、カツを入れるパッキンも出てきますし、ヒトスジシマカの大群に取り囲まれても、サラッとタイプの蚊よけスプレーも出てきます。しかし、いま代車として与えられた群青色の小さな車からは、何も出来てません。鼻をかもうと思ってもティッシュも無ければゴミ箱もありません。のどがイガイガしても飴もありません。油膜で見にくくてもクリンビューもありません。ジュースを買ったらドリンクホルダーがありません。左手に持ったままです。霧が出てもフォグライトもなく、夜走ると後ろの車のライトに照らされくっきり影が浮かび上がります。ハンドルもヌルヌルデューのです。43歳になり、少しは自分に自信も出てきていましたが、本当は自分には何の実力もないという紛れもない真実を、小さな群青色の車は僕に教えてくれます。名言グノーティ・セアウトン「汝、我を知れ」は古代ギリシャ時代ソクラテスが車検の折に心に刻んだ言葉かもしれません
2017-11-08

平成29年11月(第75号)

第一学区コミュニティー防災センターに投票に行ったところ、僕の番になり受付がざわつきました。みんなが「鶴岡市長選挙・鶴岡市議会議員選挙投票所入場券」と書かれた、ありふれた白いハガキを差し出しているのに対し、僕だけが「衆議院総選挙・最高裁判所裁判官国民審査投票所入場券」と書かれた緑色に光るハガキを「国民の権利ですから」とでも言いたげな、真面目な顔で差し出したからです。上の子が入院したために、5歳児を預けられ、その5歳児の手を引き「いいかい、清き一票というのはこのように投じるんだよ」「どうだ大人だろう」という僕の気持と、投票所独特の緊張感を肌で感じ、5歳児も緊張気味です。5歳児の緊張は、一人だけ列から外され別の席に移される父親のこわ張る様子を見て、更に高まります。係りの人が何か言っていましたが、とりあえず嫁に電話です。「毎日無駄に見てる鏡のところに吊るしておいたでしょう」という答えで、かくいう嫁は既に投票を済ませたとさえ言います。どうして教えてくれなかったのか、というか無駄ってなんだ等という押し問答をするような場所ではないので、小さくハイと言って電話を切り、係りの人に向き直りました。再発行できるそうです。無事再発効をしてもらい、係りの人・受付の人・市長選担当の人・市議選担当の人に、如何に嫁が意地悪かを、緑のハガキをヒラヒラさせながら手短に説明して帰ってきました。フローチャートにすると愚痴→再発効→愚痴→受付→愚痴→投票→愚痴→投票という順番です。帰りの車では、家に着くまでずっと5歳児と、嫁の意地悪さについて、熱い議論を交わし意気投合しました。このコラムを書いているのは10月19日の夜遅くですが、この時点で「鶴岡市長選挙・鶴岡市議会議員選挙投票所入場券」と正確に書くことができる人は、奇しくも手元にそのハガキを未だに持ち合わせている僕を除いて、ごく限られた人数しかいないのではないでしょうか。
2017-11-08

平成29年10月(第74号)

夏休みも最終盤となり、子供のラジオ体操に、付き添い参加しなければいけないことを思い出しました。僕が小学生の時は、それこそ毎日ラジオ体操に参加させられ、更に出たくもない草野球の朝練もさせられていた事を思うと、ずいぶん楽になったなと思います。草野球は、野球が好きな子供たちは自ら参加していましたが、僕は球技が大嫌いです。昔からなんか転がるものが嫌いなのです。野球帽が流行った時に、皆が被っている黒いGと書いてある帽子を買ってきたら、祖父が「頭やけなるから白いなさせ」と勝手に小松帽子屋さんに換えてもらいに行きました。その持ち帰った白いTの縦縞帽子をかぶって以来、何故か僕は仲間に村八分にされ、親しい友人ですら視線を逸らすようになりました。それからというもの、僕は球技の中でも、特に野球が嫌いなのです。ラジオ体操に行くと、絶対出たくないと言っているにも関わらず、コーチである小池八百屋さんが僕のところににじり寄り、野球に出ろと迫るのです。スポ少などの様に強制力もないので、断れば断れるのです。絶対嫌だというと、脅したりすかしたりして、結局小学校4年生の僕を鶴岡公園に連れていき、ノックなどをするのです。今でもおかしいと思うのは、それでも甲斐甲斐しくノックに飛びついたりしましたが、エラーなどをすると、小池八百屋さんが「お前やる気あるのかー!!」等と大人気もなく僕を怒鳴るのです。僕は当初から一貫して、全くぶれることなく、まっすぐに「全くやる気がない」ことを主張し続けているのに「やる気あるのかー!!」なのです。ねーって言ってるのに...とりあえず僕の時代のラジオ体操というものは、かくも過酷なものでした。それに引き換え今の子供のラジオ体操は、なんとたった2日しかないというのです。という事で、6時に起きて子供を連れてラジオ体操に参加しました。なかなか清々しいものです。二日目、いきなり最終日、早速子供が起きようとしません。業を煮やして「もう勝手にしろ、もうお父さんは行くからな」と焦る子供を尻目に玄関から出て、ふと心に隙間風の様な違和感を覚えました。それは以前、犬の散歩中、犬のお勤めの処理をしている間に、犬と嫁が移動し、結果犬も居ないのに往来の真ん中で犬のお勤め品を回収している状態になってしまった時と、とてもよく似ています。そのまま子供が追いかけて来なかったら、どうなるでしょう?おっさん一人で威風堂々とラジオ体操に参加です。しかもその日はラジオ体操最終日の為に、ご褒美のジュースが配られるという事前情報が、既に流れています。これではまるで、ジュース欲しさに子供も居ないのにラジオ体操に参加している残念なおっさんではないですか。「見て、ジュース欲しくて一人で来たみたいよ。あれって確かモハチのシャチョサンじゃない?」それはもうヒソヒソ話のオンパレードです。そこまで想像して軽く震え、家に戻り子供を引きずってラジオ体操に参加しました。
2017-11-08

平成29年9月(第73号)

先日の定期検診で、小心者だなと再確認しました。無論検診結果に書いてあった訳ではありません。毎回小心者だなと認識するのは、検診の採血の時ではありません。数年前に採血の時に、様子を見てやろうと思って、軽く貧血気味になった時も、誰にも知られず気を取り直し、渋くその場を立ち去りました。それ以来採血の状況を凝視するのは止めたので、意識が軽く薄れることもありません。ではどこで小心者を自覚するかというと、それは食事の時間です。前の日からの絶食もあり、とてもおなかが空いています。当然本間弁当さんの食事が楽しみでなりません。ちなみに僕はチキンの照り焼きが大好きです。そんな僕に本間弁当さんから派遣されたお姉さんが、優しく問いかけます。「お肉ですか?お魚ですか?」と。そんな時、僕はどうしても「にく」と言えないのです。「おさかなですか?おにくですか?」という問いに対し、まさか40過ぎた中年が「おさかなで」とは言えないので当然「さかなで」などと低めの声で言うのですが、「おにくで」または「にくで」と人前で言うのが、なんか凄く恥ずかしいのです。物凄く肉が食べたいのがバレるかもしれないと思うと、たまらないのです。「鳥で」とは言えます。「お鳥」という言葉が無いからです。でも「お肉ですか?」と聞かれて「鳥で」というのは、やはり滑稽なのです。そういった理由から、直前まで今回こそ肉を食べるつもりだった僕は、毎回魚を食べています。土壇場で制御回路が働き勝手に口が「サカナデ」と言うのです。魚を食べながら思うのは、魚も必ず裏切らないなという事です。当然そのあとに聞かれるご飯の量も「フツーデ」としか言った事がないのです。高校のハワイ修学旅行で飛行機に乗るときに、「fish?or beef?」と外人のCAが聞いてくるので、各自練習しておくように言われ、2週間余り必死で家で練習しました。「ビーフプリーズ」と。いざ本番、前の座席から順番が近づいてくるにつれて、滅茶苦茶緊張したのを覚えています。予定外に「fish?or chicken?」と聞かれ、頭が真っ白になり、小さい声で「ふ、ふぃっしゅぷりーず」といった時から、土壇場での僕と魚の付き合いは、始まっているのです。恐らくこれは、緊張状態でなければ普通に「肉下さい、なり、チキンプリーズ」とか言えると思います。では、何故健康診断の時に通常ではない精神状態になっているか。その考察も当然終わっています。それは着替えてすぐの採尿に原因があります。自分の尿を紙コップに入れて、赤の他人のオジサンたちの中で歩くという、非現実的な状況で、精神が極度に委縮しているのです。自分の尿をコップに入れて、それを持って人前で歩く状況は、人をとてもとても弱くします。さらに言えば、朝一に自分のう〇〇を受け付けのお姉さんに提出する時点で、相当オトメゴコロが傷付いています。来年こそは肉で大盛ご飯を頼むぞと思うのですが、成功するイメージが全く湧いてきません。
2017-08-15

平成29年8月(第72号)

森さんは、茂八通信でのコラムで、どのくらい話を盛っているのですか?と、いきなりデリカシーのかけらも無い質問をされた時のやり取りです。そんなもん、今のご時世、大人だったら黙って忖度でしょうと思ったのですが...ふと昨年の暮れ、某社の建築部長が少し残業して、遅くなったので急いで帰宅すると、大雪で木がクルマに倒れていて、車が破損してショックだったという話をたまたま思い出しました。僕だったら、せっかくそんなおいしいイベントがあったら、もっと面白く話すぞと思った事を覚えています。試しにその話を題材に、その質問者の前で自分なりに頑張って話を盛ってみることにしました。「クリスマスイブの日(まずここで、早速ひと盛りです。)に、ケーキを囲んで家族が帰宅を待ちわびる家路に着きたいが、残業で仕事が終わらない。やっと仕事が終わると、もう午前0時で下手するとサンタとバッタリ鉢合わせです。猛吹雪の中、時速160㎞のBダッシュで帰宅すると、折からの100年に一度の大雪で、庭にたまたま生えていた樹齢4000年のメタセコイアが根元から折れ、家族の団らんの象徴である愛車エルクランドに倒れて、その影響で、まだローンが180年残っているフルカスタムチューンの愛車エルグランドが縦に真っ二つに割れており、鯵の開きのようになっていた。傍らには板の破片も落ちていた。それを刮目した瞬間、気を失い、目覚めたら5年の歳月が経っていた。その後板の破片を調べると、フィンランドの物で、どうもサンタクロースのソリの破片らしいことが解った。この事故以降、どうやらサンタクロースは、いすゞのエルフに乗って活動しているらしい」という話が出来上がりました。この会話の相手が、「いや~ しかし盛りますね~」というので、僕も思わず後ろ頭をポリポリ掻きながら「いや~今日はたまたま調子が良かっただけで~ こんなに盛れるとは、自分でもびっくりですよ~」等と、その年ダントツ一番の訳の分からないお世辞と謙遜のやり取りを経て、その話は是非コラムに載せてくださいと言います。しかしこんなやり取りをコラムに載せると、僕は完全に虚言癖の変な人になって、そんな人のいる会社には、もう誰も注文を寄こさなくなるから嫌だ!と言ったやり取りを、急に思い出し、思わずコラムに載せてしまいました。いつもはもう少し事実に近いことを書くように努力しています。ところで話は変わりますが、と、はじめこれが前置きで毎年恒例の健康診断の話を書こうと思ったのですが、自分でも怖いくらい盛り盛りが止まらな過ぎて、完全に本題を書くスペースを失いました。

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2017-08-15

平成29年7月(第71号)

消費低迷が叫ばれる中、何万円ものお金を払ってスポーツジム等に通う方も少なく無い様です。うちで働いてくれれば、思う存分に体を動かし、汗を流し、更にお金がもらえます。一服の時にジュースさえ飲むことが出来、更に職人さんの下品な下ネタやおやじギャグなどの非日常的な特典も付くのにと思うのです。先日畳職人と畳を上げていた時、ふとその職人さんは、時間があるときスパールに行って、ランニングマシンで走っていると聞いたことを思い出しました。畳を運ぶのが辛いと、ヒーヒー言いながら仕事をして、そのあと走りに行っているのかと思うと、ひょっとしてコノヒトバカナノカナーと思いました。確かに世の中には、健康になる為なら死ぬことさえいとわない、と言うような人がいて、死をも恐れず体力作りに励んでいらっしゃったりします。健康決死隊とでも言いましょうか。やはりこれもある種のバカの亜種と思われます。かくいう僕も、40歳になったその日の朝から、俄然太りやすくなり、昨日までと同じ食事を採ると、何故か太るという現象が再現性ある形で確認できました。今現在は、昼食を食べないという荒業で乗り切っていますが、それでも気を付けないと体重増加に繋がります。そこで僕などはジムなどにお金を払わず、更にお金を貰いながら、体を動かす方法を編み出し実践致しました。その方法というのは、畳等の搬入搬出の時に、ターゲットの家から少し離れたところに車を止め、そこまで運ぶという、まさに簡潔にして画期的な方法です。額に軽く汗を浮かばせて、小走りで働く姿などは、なかなか様子も好ましいのです。結果から申しますと作戦は大失敗に終わりました。どこの家でも同じように「こっちに止めた方が近いよ」と不安げに何度も何度も言われ、結局「この人は物凄く頭が悪いのではないか、こんなシベリアンハスキーの様な体力バカに我が家の大事な畳を任せて大丈夫なのか?」などと、お客様の不安を盛大に煽る結果になっていることにハッと気が付き、静かに人知れずよしました。話題は変わりますが、我が社の契約社員がしきりに、いつから正社員になれるのかと、連日矢のような質問です。先日あまりに執拗なので、ちなみに、もしも正社員になったらどうなるのですか?と聞いてみました。すると意を決したように、まっすぐ目を見て「正社員になったら、思い切り気を抜きます」と、大胆な決意表明を正面から叩きつけられ、震撼しました。本日などは、その契約社員が正社員で無い事をうっかり失念したのか、隣の席で既に思い切り気を抜いて、「ヤルキニナラナイ」などの言葉を、完全に独り言の域を超えた音量で発しつつ、なんかくってます。聞こえないようにしても、どうしても聞こえてきます。僕はこの恐怖を、どう克服すればよいのでしょうか?

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2017-06-30

平成29年6月 (第70号)

6歳児が小学生になり、毎朝7時18分に出動していきます。ついこの間まで幼稚園児で、まさか第一小学校迄自分の足で歩いて行くなど、想像もできませんでしたが、一か月経ち登校姿も板についてきました。毎朝送り出した後、窓から、ちゃんと信号を渡れるのか、いつも緊張して見守っています。ちゃんと信号を守り渡っていく姿を見て、いつも頼りないのに、一人になるとしっかりするんだなと感動します。小さい体の上に、ただでさえ大きなランドセルに更に体操着袋を装着し、さながら戦地に向かう兵隊さんのような勇壮な後ろ姿は、頼もしくすら感じます。後ろ姿を見下ろしつつ、思わず「あんなに沢山背負って行くんだな~」と感慨にふけっていると、嫁が「恐竜の本も入っているんだから」と誇らしげに言います。そのドーヨというような言い方は、後で考えたら「重さも重たいんだよ」と付け加えたかったのでしょうが、その時は訳が分からず、このオンナは一体全体何を言っているのだろう?と思いました。帰りは学童保育なので、車でじーじの迎えですが、帰ってくるときは6歳児から朝の雄姿が薄れています。なんだか頼りなさげで、なんか一回り小さくなった気すらします。なぜならば6歳児は毎日何か忘れ物をして帰ってくるため、事実として紛れもなく一回り小さく、軽くなって帰って来るのです。カッパであったり、赤白帽子であったり、宿題であったり。まれに忘れ物がなかったかと思うと、知らない子の宿題ノートを持って来てみたりします。どうしても質量保存の法則に反して朝出た時とは異なる質量となって帰ってくるのです。そんな子供の親だからからなのか、先日は僕が子供を会社に忘れて帰宅しました。僕の場合は出勤時と同じ質量で帰宅したため、物理の大定理には反していないのですが、親としての原則に反していると嫁は言います。再度子供を連れ帰ったら嫁が言いました。おとうさんもうっかりだし、子供もぼんやりだし。それを聞いて僕は思わず、そうだね~「うっかりとうさん、ぼんやり子供、クソヨメ」と言ったら、自分だけジャンルが全然違うと、厳しく叱られ、ストレスからドライアイになりました。

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2017-06-30

平成29年5月(第69号)

我が家で、先日ちょっとした事件が起こりました。毎度の事ながら、お客様に伝えるべきか悩むところですが、どうしても僕には解せないのです。摩訶不思議で大変にミステリアスなのです。どうでもいいと思えば思うほど、やはり何が起こったのか真実が知りたくて仕方がないのです。事件は、またしても7時のNHKニュースの時間です。家族で二日目のカレーライスを食べている時に起こりました。子供たちには、カレー皿とサラダの小鉢がありました。サラダの横には、カレーと同じく昨日の残りのブロッコリーの茎が一本づつ載せてありました。テロ等規制法で国会が荒れているニュースから、パククネ大統領が警察に身柄を拘束されたあたりで、六歳児が言いました。「ブロッコリーをお母さんが食べた」と。嫁は、「なんであんたの食べかけのブロッコリーをとるのよ」と半笑いで返しました。ブロッコリーは、当初サラダの小鉢に添えられていましたが、六歳児がそれの端っこを少しかじり、カレーライスの上に置いたまでは僕も現認しています。それがいつの間にか忽然と姿を消したと主張するのです。当然僕は食べていません。普通だったら一番怪しい4歳児なのですが、子供たちは長テーブルの長辺同士に座っているために、その距離は150㎝です。ブロッコリーまで辿り着くには、僕とパククネの間を匍匐前進で通過し、更にアツアツのカレー鍋を乗り越え、テーブルを縦断しなければブロッコリーの茎には到達することはできません。状況的にはかなり難しいと思われます。それでなくとも、彼は昨日、自分だけ残した筑前煮を罰として「今日食べなかったら明日も出てくるよ」と言われて出され、その蒟蒻の三角形の先端部分を3㎝程度、口から露出させたまま5分以上もパククネを見ているのを僕が横目で確認しているので、いわば完全なアリバイがあるといえます。僕は少し気になったので、とりあえず子供を椅子から下してズボンなどを確認し、それから椅子の下を確認しました。何処にも無いのです。「ないなー」という僕の言葉を聞いた時に、嫁が言いました。「きっとコビトさんだね」と。おう?と思いました。理系の学校で偉そうに先輩風を吹き散らかしていた嫁の口から「コビト」という言葉を聞き、なんだか無性に腹が立ちました。僕は思わずズレた眼鏡を直すと、自然と言葉が出てしまいました。「ジツニオモシロイ」と。実際こんなに不思議なことがあるでしょうか?ブロッコリーは一体全体どこに消えたのか。床に落ちたのを猫が食べたのか?え?猫が?ブロッコリーの茎を?え?猫が?そんなことあります?「真実はいつもひとつ」と高名な探偵が言っていますが、これはかなりの難問ではないでしょうか。怨恨の線も金銭目的の線もありません。なにしろ僕達家族は全員ブロッコリーが余り好きではありません。栄養摂取の為、渋々食べているのです。しかも二日目なので、まだましなアフロ部分は既に無く、茎だけなので、きっと栄養もありません。そもそも子供の食べかけのカレーの付着したブロッコリーの茎などという物は、いわばこの世の中に存在する物の中でも、最もクダラナイ物の一つと言えます。そこから僕は子供を風呂に入れるついでに、裸にし服などを隅々まで探索し、ゴミ箱の中や床も、もう恐ろしくまじめに探しましたが、本当に何処からも出てこないのです。寝る前に嫁に「あれってどういう事だと思う?と聞いてみたところ「あ?何の話?」ともう全然興味すらない様子でした。その後どうなったかというと...結局そのまーんまです。実に面白くもなんともないのです。真実もひとつもないのです。数週間たった今でも、僕は折に触れ、ふっと消えたブロッコリーの茎の事を思います。僕の心のどこかで、コビト?という思いが芽生え始めています。


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2017-04-19

平成29年4月(第68号)

最近はワックス清掃などの現場でスタッフの一員として作業することも少なくなりました。しかし僕は小学生の時から、手伝わないと、猫を捨てると脅されたり、カラカラせんべいを買ってやると甘い言葉をかけられたりして、清掃の現場で手伝いをさせられていました。初めての掃除現場での僕の役職は「フロアポリッシャーの重り」という仕事で、現場で一日中くるくる回るポリッシャーの上が僕の持ち場でした。こんなに知的に暇でしかも体力を使い、かつ無意味な仕事はそうそうありません。今思えば、僕が自己同一性、なぜ自分はこの世に生まれてきたのか等とソクラ的に、深く考えた最初の瞬間であります。同時に、今生きていく上で僕が一番重視している、平衡感覚の礎を身に付けた瞬間であったかもしれません。学校を卒業すると東京の掃除屋さんに就職し、昼ご飯を食べる時は何時も、今でも取り寄せている、クリーンシステム科学研究所刊行「月刊ビルクリーニング」を愛読するという生活を送っていました。今日は掃除屋さんとして30数年のキャリアから培った奥義を伝授します。といっても、それは上手にお掃除をする技術ではなく、上手に人を叱る技術なのですが。掃除の仕事の報われる瞬間といえば、なんといってもワックスを塗り終わってピカピカに光る床を見たときです。ワックスを塗る時間はさほどでもないのですが、そこに至るまでの打ち合わせや、その下地を作るための苦労や要求される知識は大変なものです。そうして一面塗り終り明鏡止水の心で朗らかな微笑みと共にワックスを改めて見上げた時に、もしも何者かの足跡をハケーンした場合に皆さんはなんと思いますか?おそらく朝からの苦労を踏みにじられたような気持になり、怒りがこみ上げ「誰だ!歩いたのは!!」と声を荒らげたくもなるでしょう。プロ失格です。全くド素人と言えます。汚い足跡を見つけてもプロの掃除屋の心は明鏡止水のままです。軽い微笑みもそのままです。そして次の行動でどうするかというと、まず微笑んだまま壁際に行きます。そしておもむろに利き手を壁に付け、姿勢を安定させます。それからゆっくりとさりげなくタイミングを見計らい、自分の利き手が右手であった場合は、右足の裏を微笑みながら一瞬チラッと確認します。当然その一人四の字固めのような行為を誰かに見られるようでは、まだまだプロの掃除屋とは言えません。足の裏にワックスが付いていなくても、あ、俺じゃないなと思って微笑みを緩めてはいけません。安心するのはまだ早いのです。なぜならば人間には、もう一本足があるからです。勿論靴裏の模様も、この時に記憶に焼き付けます。万が一自分が犯人であった場合は、微笑みのまま何事もなかったように、可及的速やかに、その日一番の動きで現状復帰に移ります。そして、そうでなかった場合。ようやくここで初めて、微笑みが自然に消えるのに任せます。ここにきていよいよ自らが法の権化になった気分で、満を持して「誰だ!歩いたのは!!」という言葉を淀みなく、朗々と声高らかに、腹の底から発することが出来る訳です。それからあとはネチネチチクチクとゲソから犯人捜しをするだけです。この工程を経ずに腹の底から大きな声を出した場合、その日一日、やけに艶のある足の裏を、誰にも見られないように、みょうちくりんな姿勢で行動し続ける羽目になるという紛れもない真実を、本物のプロの掃除屋だけは知っているのです。

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ちょっとお知らせ
今年度も4月3日より、鶴岡市住宅リフォーム補助金スタートしていますヾ(o´∀`o)ノ
2017-03-18

平成29年3月 (第67号)

休みの日に、背中を丸めてソファー用の自慢の毛布洗って、エマールで柔らかく、優しくしていたら、嫁に「何してるの」と聞かれました。「なんでか知らないけど、最近、自慢の毛布からオッサンみたいなにおいがするような気がするから」洗っているのさという言葉にかぶせるように「それは毎日オッサンがクルマって寝てるからでしょう」と、驚きの誹謗中傷発言がノールックで繰り出されました。今巷で大はやりの言葉の暴力というやつです。難しい年頃の僕は一生癒えることのない、大変に深い傷を心に負ってしまいました。自慢の毛布がオッサンくさいのは、決して毎日オッサンがクルマっているからでは無いことを僕は知っているのです。その証拠に、学生時代から使っている自慢の毛布ですが、去年までは、オッサンくさくなるという事は、一切無かったのです。しかし思い当たる節があります。それは、とある小雨の庄内町で、人家もない県道のど真ん中を鼻歌まじりに当然法定速度で、当然スマホも弄らずに、当然10時10分でハンドルを持って快適走行している時に端を発します。突然車道の真ん中で小さな小汚い猫を轢きそうになりました。脇をすり抜けなんとか止まったのですが、生後2か月くらいの猫だと、近寄ると脱兎のごとくに逃げ出すことを知っていた僕は、車道からコヤツを追い払おうと寄っていき、そのまますり寄られ、なんやかんや二転三転のどさくさに紛れ、そのままおねだり上手のコヤツは我が家に居るのです。名前は猫田よもぎと言います。変なよもぎ柄のしかもオスのコヤツが、こともあろうに毎日毎日飽きもせずに猫砂を掘るのです。それも「ほりっ ほりっ」と力強く思いつめた眼差しで右腕に力をみなぎらせて掘ります。僕はその行為を「黄金の右」と呼んでいるのですが、掘り終わると、なんとコヤツは手も洗わずに僕の自慢の毛布に直行し、丸くなるのです。3200円もしたペットヒーターには目もくれないのです。他にもあります。下の子供は、食事が終わると、毎回一旦僕の自慢の毛布のところに行き、すぐ帰ってくることに気づきました。何をしているのか泳がせて観察してみると、なんと口の周りについたコーンポタージュやらジャムやらを、僕の自慢の毛布で「すりっ」と一拭してくるのです。しかもその動きは流れるようで、よくよく注意して観察しないと解らない程まで成熟し、完成した無駄のない動きです。一朝一夕では到底出せない匠の技術なのです。結局黄金の右やらカレーやらなめこの味噌汁やらが、自慢の毛布を媒体とし、猫田とオッサンに適温で優しく温められつつ加水分解や酸化還元、置換反応、付加重合などのありとあらゆるえげつない化学反応を繰り返した結果、軽いオッサンくささが生まれているのです。とりあえず洗った後にミカンの皮をしこたまなすり付けて黄金の右が来るのを防ごうと思っとります。

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2017-02-28

平成29年2月(第66号)

子供からゴジラとキングギドラとどっちが強いと思う?と質問されました。たしか年末にテレビでやっている物を子供にせがまれて録画した筈です。子供たちは何度も繰り返し見ていたようですが、僕は見ておらず、どちらが強いのか皆目見当もつきません。しかし僕も大人です。キングギドラ位は知っています。確か空を飛ぶ頭が三つある怪獣だったと記憶しています。とりあえず、「ゴジラじゃねー?」「主役だし、去年も東京に出たみたいだし」と適当に答えておきましたが、子供は質問するだけで飽きてしまい、僕が考えて答えている時には既に二人で黒ひげ危機一髪を始めていたため、正解を知ることはできませんでした。気を取り直して4歳児と6歳児の頭脳をはるかに凌ぐ43歳の頭脳で、まじめに科学的根拠を示してゴジラとキングギドラのどちらが強いのかを考察してみることにします。まず大きさ。これは当然同じくらいでしょう。ポスターなどで、どっちかが明らかに小振りなVS物を見る人がいるとも思えません。もしあったとしたら、「ゴジラVS 五~六十匹のキングギドラ」位でないと釣り合いません。それでは語呂が悪すぎます。次に機動力。これは二足歩行でしかも尻尾を引きずってるゴジラに対して、空飛ぶキングギドラの圧勝と思います。ゴジラは上を向くのも難儀しているように見えます。知能はどちらもなんかバカだと思います。腕力はやっぱりゴジラのほうが実が詰まっている感じで、キングギドラは空を飛ぶだけあって軽そうですのでゴジラ有利でしょうか。そう考えている途中で重大なことを思いつきました。もしキングギドラの頭三つがそれぞれ違う人格を持っていたら、例えば四歳児、六歳児、お母さんみたいなことになっていたらどうなるでしょうか。「船頭多くして船山に登る」のことわざ通り「みんないくぞ!!ギドラパンチだ!!」「やだ、ギドラキックがいい」「いいから早く靴下履きなさい」みたいなことになり、頭同士がカジカジいつもの喧嘩を始めて、そもそも勝負にならないのではなかろうか。まっすぐ飛ぶことさえもままならないという事すらよぎります。結果ゴジラがキングギドラの頭のかじり合いを呆然と見つめるか、意表を突いてそもそもキングギドラが現場に現れないという結末を科学的に導き出しました。

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2017-02-04

平成29年1月(第65号)

ヤオヨロズの神等と言う言葉があるように、日本の神様は其処かしこに存在しているそうです。神の名のもとに戦争をしている国が沢山ありますが、日本の神様はいたっておおらかな印象があります。「信じる者は救われる」というのが、大方の神様の譲れない最低条件のようで、いわゆる「困ったときの神頼み」を通してくれる日本の神様は、世界的にも大変珍しいそうです。宗教には興味が無いので、詳しい人には怒られそうですが、貧乏神や疫病神などもいますし、嫁の主張によれば、仲間の神様との口論から発展し、意地でウンティスを我慢して失敗した神様もいるそうです。近年はトイレの神様もフューチャーされました。だったら熾烈を極める納期間近の建設現場の中にも、タイヤ交換のあと不足した空気をチョイ足ししてくれるガソリンスタンドの諏訪富商店さんにも、最新式のドラム式乾燥機付き洗濯機の中にも、神様はあらせられるのだと思います。逆にドラム式洗濯乾燥機のフワッフワの仕上がりなど、神の御業としか思えません。そんな中で、これはあくまでも僕個人の意見として捉えてい頂きたいのですが、昔から僕には確固たる主張があります。批判を恐れず言うならば「八百万の神様も、歯医者さんにだけは居ない」という事です。あの雰囲気や匂い、音、痛み、非人道的行為の数々を国連安保理が野放しにしているのも、いかがなものかと思います。そんな中、行きつけの歯医者さんに内装を頼んで頂きました。3か月に一度の定期検診で診療台に座ってみると、なんと僕が貼った天井の壁紙の端が剥がれて三角に垂れ下がっているではありませんか。先生に「天井の隅の壁紙が剥がれて垂れ下がっている事にお気付きですか?」と聞くと、「自分は下ばかり見ていたから全然気付なかった。いいよそのままで」との事。「お言葉ですが先生、我々患者は、つらい気持ちの中、常に天井の一点を見つめて恐怖と戦っているのです。おそらく患者さん全員が気付いていますよ」というと「そーかーじゃー適当に直しといてー」という事でした。三か月後の定期検診の時に、僕は先生に、思い切って言ってやりました。「天井の隅の壁紙が未だに直っていない事にお気づきですか?」と。すると「自分は下ばかり見ていたから全然気づかなかった」との事。「お言葉ですが先生、我々患者は、つらい気持ちの中、常に天井の一点を見つめて恐怖と戦っているのです。おそらく患者さん全員が何時直るのか気になっていると思いますよ」と。「じゃーマジで直しといて」という事で、後日しっかりと補修作業をさせていただきました。小林歯科医院には、ひょっとすると神様がいるかも知れないと、後から思いました。川が近いからですかね。※言い訳1※壁紙の剥がれは施工不良ではなく、近隣の地盤工事が原因でした。多くの患者さんが恐怖の眼差しで一点を見つめた事も原因の一つと思われると、問屋さんも言っていました。※言い訳2※仕事の予定を管理しているスマホの電源を、お医者さんでは生真面目に切っていたため、約束をすっぽかし、完璧に忘れていました。※挨拶1※本年も変わらぬご愛顧を、よろしくお願い申し上げます。

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2016-12-23

平成28年12月(第64号)

朝からラジオ体操をするような工事現場に入ることがあります。ピカピカの腰袋やヘルメットをしていると舐められやしないかと、疑心暗鬼になり、前の日に新品メットをコンクリになすりつけてベテラン感を出したりします。旅行慣れしているトランクと同じ原理で、色々な現場に出入りするベテランは、ヘルメットに、色々な現場の入場シールが貼ってあり、無造作に剥がした痕等も貫録ポイントを増します。そのため僕などは、ほかのベテランの人から工事の終わったシールを分けてもらって貫録ポイントを上げたり。それでは足りないので、昼に食べた「30パーセント引き」「昼10時に作りました」などのシールをヘルメットに貼り、無造作に剥がすことにより、ベテラン感レベルアップに等余念がありません。工期が緊迫した現場などの修羅場感は、独特の風情があります。今日は地獄絵図と化した工事現場で僕が聞いた、どっかの職人の絞り出すような叫びベスト3を発表しようと思います。基本的にはどの叫びも、寒さ、暗さ、いつ終わるとも知れない恐怖と相まって、精神的に追い詰められた怒髪天の状態だと想像してください。第3位 上山の体育館だったか「さっきがら俺のコンセント抜ぐなだれだー!!」 純粋にコンセントの口が四つしかなく、明らかに職人の数とマッチしていない現場では、自分の工具を動かすためには、他の人のコンセントを抜く必要があります。僕も何度も抜かれ、何度も抜きました。コツとしては遠くの人のコンセントを抜いて、背中に怒気を発しつつ素早く姿を消すことです。コソコソしてると怒鳴られます。抜いたところに自分の工具を刺さず、隣の人のコードと付け替え、空いたところに自分のコードを刺す等、カモフラージュの技術も向上してきます。でも音で誰が抜いたか大体検討付くんですけど。とにかく見つかれば殴られる覚悟でみんな働いています。話は逸れますが、やたら電圧の低い工事現場も切ないものがあります。細々と回る電動工具を見ていると、己の無力さを痛感し、すごくみじめな気分になります。第2位、夜ではなく午前中、確か酒田市の現場で、パートナーを待っている風のおそらく電気屋さんの電話の内容です。「いつまでまたせんなだ...米沢どっ!!」どういう段取りミスがあるとパートナーと150k離れることになるのか…詳細は分かりませんが、「よねざわどっ!!」忘れられないフレーズです。ダントツ第1位は12月24日クリスマスイブの一般住宅、風雪の午後7時過ぎ、いつ終わるかも分からない寒くて殺伐とした現場でしたが、引き渡し期日は明日。突然屋根の上から「あど金なの要らねなやー」という悲鳴にも似た絶叫が聞こえてきました。工期が遅れて滅茶苦茶な段取りで、僕もかなり気分が荒んでいましたが、流石にこれは吹きました。この家で明日施工主の家族がクリスマスの団欒をして笑顔が溢れるんだな~と、その時思いました。経験上、建築物というものは、多くの場合、このようにして作られています。

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鶴岡市住宅リフォーム補助金 まだ間に合います(*・`ω´・)ゞ
2016-12-05

洗面化粧台交換 施工事例

洗面化粧台交換工事

2016.12 完了

s-写真 2016-11-07 13 08 06
施工前

s-P1000074.jpg
施工後


水漏れがひどく、洗面台に収納することもできず
バケツに溜まった水を毎朝捨てることが毎日の日課でした

洗面化粧台:クリナップBGA 巾750mm
今までの洗面台に比べ、ボウルがスッキリしています

有限会社 森茂八商店 HP

鶴岡市住宅リフォーム補助金 まだ間に合います (*・`ω´・)ゞ
2016-11-29

平成28年11月号 (第63号)

保育園の運動会のイベントに父兄の綱引きというものがあります。我が家がお世話になっている常念寺保育園さんでは、年少が「さくら組さん」、年中が「ばら組さん」、年長が「まつ組さん」となっており、運動会のメインイベントで毎年組ごとの父兄同士で綱引きをします。まだ三年目なのですが、朧げに悟ったのは、毎年さくら組さんが瞬殺で負けるということです。さくら組さんのお父さんお母さんは、初めての方が多く、隣のお母さんと手が触れないように、後ろのお父さんの足を踏まないように、などと気を使います。そう考えると片手しか綱につかまれないな~ あはは等と悩みが尽きません。時を同じくして、まさか相手が、大の大人にもかかわらず、手の皮が剥けるのも辞さず、知らないお父さん同士、汗ばんだ手を握り合い、後ろの人の足を踏みにじりながら本気で綱を引っ張るということは想像もしていません。そのためスタートの合図の瞬間にすでに勝負はついています。「あれ?この人達、もしかして本気?」などと気づく暇もありません。頭の整理がつかない「なにが起こったの?」というようなザワザワした動揺の中、次の対戦相手にもいちころで負けます。そもそも参加者の選定時点で違います。まつ組さん、ばら組さんは、相手を油断させるために可愛げなお母さんを前列に配置します。隠れるように後列に全く笑わない、下手すると軽く武者震いし、何故か手に滑り止めの白い粉がついてるような、屈強で胸毛の生えたお父さんたちを、大勢隠しています。洞察力の優れた人であれば、ばら組さん、まつ組さん父兄がいた近くの石灰ラインがさっきより薄くなってることに気づくでしょう。対する、さくら組さんは何の作戦もありません。石灰ラインも、さくら組園児、父兄と同様ピカピカの新品、引き立ての美しさです。そうして初年度惨敗し、涙の滲んだ一小グランドの砂を持ち帰った、さくら組さんのお父さんお母さんが、次の年にばら組さんとなり、胸毛も生え、年端も行かぬさくら組さんのお父さんお母さんを、赤子の手を捻るように負かし、まつ組さんのお父さんお母さんと、桶狭間の合戦以来の伝説的死闘を繰り広げるわけです。子供に親も育てられると言いますが、さくら組さん、ばら組さん、まつ組さんになるにつれ、園児たちが2寸2分づつ背丈がのびるように、お父さんお母さんもよりたくましく、より大人げなく育つのだと思います。

有限会社 森茂八商店 HP

鶴岡市住宅リフォーム補助金 まだ間に合います(*・`ω´・)ゞ
2016-11-22

屋根雪止め取付 施工事例

屋根雪止め取り付け工事

2016.11 完了

s-写真 2016-11-14 10 48 04-1
施工前
< 既存の雪止め金具が雪の重みで既に倒れこんでいます >


s-写真 2016-11-14 10 48 32
施工後


s-写真 2016-11-14 10 48 08-1
施工後
< スノーストップ設置 >


通常の屋根より急勾配の為
今まで雪止め金具が一段でしたが二段に増設
軒先の下に雪の塊が落ちないように
軒先にはスノーストップを設置しました。

有限会社 森茂八商店 HP

鶴岡市住宅リフォーム補助金 まだ間に合います(*・`ω´・)ゞ

2016-11-19

建具交換 施工事例

建具交換工事

2016.11.19完了

s-P1000036-1.jpg
施工前


s-P1000040-1.jpg
施工後


玄関から見える茶の間の入口の引き違い建具を交換
建具の色は周辺の壁の色に合わせました

有限会社 森茂八商店 HP

鶴岡市住宅リフォーム補助金 まだ間に合います(*・`ω´・)ゞ
2016-11-19

平成28年度10月号(第62号)

うちのワル子供たちのルーチンですが、まず帰宅すると手を洗わせご飯を食べさせます。これがはかどりません。いつまでもグダグダ言いながら食べます。会長に保育園の迎えに行って貰うのですが、帰ると暫く会社の奥でゴソゴソしています。その時子供たちはどうも何かに舌鼓を打っているようです。巷ではジージ等と、可愛らし気に呼ぶらしいですが、兎に角そのジジイがなんかを食わせる訳です。確かに鯉も白鳥も、なんか食ってるところを見るのは良いもんです。動物園でわざわざニンジン等を100円出して買って馬や象に餌をやるのも、よく考えると謎の衝動です。僕だったら、金さえ出してくれれば、いくらでもウマウマ食べてるところを披露するんですけど、おじさんがなんか食ってる様子は、少なくとも現代の日本では全く需要が無い様です。子供たちの食欲がないと家に帰って尋問開始です。初めは子供たちも否認します。厳しい追及によって「諒君が食べてた」「久君も食べたでしょう」と、お互いを陥れようとし、やがて白状し始めます。子供のあやふやな供述をもとに大きさや色を聞き出し、時間をかけて似顔絵を作成してみると、どうも「でん六豆」あたりが怪しいようです。文句を言おうものならば、明日から僕が雨の日も風の日も毎日5時でお迎え確定ですので、そこは藪をつつかない様に気を付けています。7時から食べ始めても食べ終わるころにはもう8時を過ぎています。ネンネの時間です。しかし両容疑者とも入浴がまだです。そこから身柄を拘束し入浴させる訳ですが、毎日凝りもせず泣きながら暴力も振るいつつ全力の抵抗です。私務執行妨害です。風呂におもちゃを入れたり、オノセンセイかハラダセンセイから注射を打って貰うと脅したりします。モシモシだけの約束で入浴させ、風呂から上がる頃には、すっかり9時です。ネンネの時間です。しかし歯磨きがまだで、これも大変な労力です。そこから塗り絵を始めたり、電車を並べ始めたり、両手になんか持って四機編隊のブルーインパルスごっこを始める訳ですが、もうあらかた10時です。オニの時間です。ネンネしなかった子供を鬼が頭からソリソリ食べにくる時間です。「もう明日にしなさい、鬼そこまで来てるし」と言われると、しぶしぶネンネ準備につきます。毎夜毎晩「明日にしなさい」と言いながら、ふと偉い人の言葉を思い出しました。「明日あると思う心の仇桜」興味を持ったので調べてみると、浄土真宗を開いた親鸞聖人が9歳の時、仏門に入る儀式を翌日に延ばされそうになった時に読んだ句だそうです。全文は「明日あると思う心の仇桜、夜半に嵐が吹かぬものかは」明日が当たり前に来るわけではない、今できることを今やると言うわけです。9歳なのにえらいねーと思う一方で、一時期「明日あると」を「アスファルト」だと思って「ど根性桜」をイメージしていた過去の自分を改めて恥じ直しました。

有限会社 森茂八商店 HP
2016-09-06

平成28年度9月号(第61号)

冷房のない生活をしばらくしていたことがります。地獄でした。現在鉄筋コンクリートの4階に住んでいますが、ベランダなどが無いために、エアコンを設置するにはエアコン代のほかに50万円位の足場代が必要だといわれた為です。数年我慢しましたが、鉄筋コンクリートというのは、熱容量が大きく、夜になってもいつまでもポカポカと、たまらなく暑いのです。足場を組んでからどのような作業をするか聞いてみたところ、屋上から降ろしたパイプを外から通すだけで、作業としては45秒位ですとのことです。耐えられなくなった僕は東京に行き、当時最新式のブランコ作業高所用具を一式講習付きで買ってきました。30万円ほどでした。テレビなどでは見たことがあるかもしれませんが、ロープに小さなブランコと呼ばれる板をつけて、それに座って体一つでぶら下がるアホな道具です。講習を受け、安全確保も万全で脚立よりも格段に事故が少ない、現実にはとても安全な作業なのですが、如何せん見た目は最悪です。人間なんかちっぽけだなということを、立体的かつ視覚的に解り易く表現してくれます。屋上から身を乗り出しロープに荷重がかかるまで手でぶら下がる工程は、何度降りても慣れません。荷重が掛からなかったら、腕力のみで戻らなければなりません。作業中にロープのたるみが伸びて、どうしても突然5㎝くらい下がる時があるのですが、どっか口では無い所から「の!」みたいな声が出ます。何はともあれ、とりあえず命を懸けてエアコンを設置したわけですが、実際にエアコンを設置してみると、あまり使いません。気付いたのですが、エアコンがあるのに付けないで団扇などで過ごすのは風流ですが、エアコンが無くて暑さの中のたうち回るのは、全く風流ではありません。つまりうちの場合はエアコンを設置するだけでスイッチのオンオフにかかわらず過ごしやすくなりました。先日は食器洗浄機が壊れました。夕食の食器洗いは半分僕の係です。この世の終わりだと思いました。アドダミダと思いました。一刻も早く買わなければ家族が猫ごと全滅すると思いました。明日電気屋さんが開くまでどうやって耐えようかと思いました。溜まった洗い物の前で、どうしようどうしようと狼狽していると、嫁が「仕方ないから手で洗うか」と言いました。反射的に「どうぞ宜しくお願い致します」と丁重に言いながら、心の中で「そっか、手でも洗えば洗えるのか、逆にね!!」と目からうろこが落ちました。人工知能が発達して、やがて人間を駆逐し始めるなどと、SFじみた話題がありますが、僕は既に白物家電にガッチリ支配されています。
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