2017-11-08

平成29年11月(第75号)

第一学区コミュニティー防災センターに投票に行ったところ、僕の番になり受付がざわつきました。みんなが「鶴岡市長選挙・鶴岡市議会議員選挙投票所入場券」と書かれた、ありふれた白いハガキを差し出しているのに対し、僕だけが「衆議院総選挙・最高裁判所裁判官国民審査投票所入場券」と書かれた緑色に光るハガキを「国民の権利ですから」とでも言いたげな、真面目な顔で差し出したからです。上の子が入院したために、5歳児を預けられ、その5歳児の手を引き「いいかい、清き一票というのはこのように投じるんだよ」「どうだ大人だろう」という僕の気持と、投票所独特の緊張感を肌で感じ、5歳児も緊張気味です。5歳児の緊張は、一人だけ列から外され別の席に移される父親のこわ張る様子を見て、更に高まります。係りの人が何か言っていましたが、とりあえず嫁に電話です。「毎日無駄に見てる鏡のところに吊るしておいたでしょう」という答えで、かくいう嫁は既に投票を済ませたとさえ言います。どうして教えてくれなかったのか、というか無駄ってなんだ等という押し問答をするような場所ではないので、小さくハイと言って電話を切り、係りの人に向き直りました。再発行できるそうです。無事再発効をしてもらい、係りの人・受付の人・市長選担当の人・市議選担当の人に、如何に嫁が意地悪かを、緑のハガキをヒラヒラさせながら手短に説明して帰ってきました。フローチャートにすると愚痴→再発効→愚痴→受付→愚痴→投票→愚痴→投票という順番です。帰りの車では、家に着くまでずっと5歳児と、嫁の意地悪さについて、熱い議論を交わし意気投合しました。このコラムを書いているのは10月19日の夜遅くですが、この時点で「鶴岡市長選挙・鶴岡市議会議員選挙投票所入場券」と正確に書くことができる人は、奇しくも手元にそのハガキを未だに持ち合わせている僕を除いて、ごく限られた人数しかいないのではないでしょうか。
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2017-11-08

平成29年10月(第74号)

夏休みも最終盤となり、子供のラジオ体操に、付き添い参加しなければいけないことを思い出しました。僕が小学生の時は、それこそ毎日ラジオ体操に参加させられ、更に出たくもない草野球の朝練もさせられていた事を思うと、ずいぶん楽になったなと思います。草野球は、野球が好きな子供たちは自ら参加していましたが、僕は球技が大嫌いです。昔からなんか転がるものが嫌いなのです。野球帽が流行った時に、皆が被っている黒いGと書いてある帽子を買ってきたら、祖父が「頭やけなるから白いなさせ」と勝手に小松帽子屋さんに換えてもらいに行きました。その持ち帰った白いTの縦縞帽子をかぶって以来、何故か僕は仲間に村八分にされ、親しい友人ですら視線を逸らすようになりました。それからというもの、僕は球技の中でも、特に野球が嫌いなのです。ラジオ体操に行くと、絶対出たくないと言っているにも関わらず、コーチである小池八百屋さんが僕のところににじり寄り、野球に出ろと迫るのです。スポ少などの様に強制力もないので、断れば断れるのです。絶対嫌だというと、脅したりすかしたりして、結局小学校4年生の僕を鶴岡公園に連れていき、ノックなどをするのです。今でもおかしいと思うのは、それでも甲斐甲斐しくノックに飛びついたりしましたが、エラーなどをすると、小池八百屋さんが「お前やる気あるのかー!!」等と大人気もなく僕を怒鳴るのです。僕は当初から一貫して、全くぶれることなく、まっすぐに「全くやる気がない」ことを主張し続けているのに「やる気あるのかー!!」なのです。ねーって言ってるのに...とりあえず僕の時代のラジオ体操というものは、かくも過酷なものでした。それに引き換え今の子供のラジオ体操は、なんとたった2日しかないというのです。という事で、6時に起きて子供を連れてラジオ体操に参加しました。なかなか清々しいものです。二日目、いきなり最終日、早速子供が起きようとしません。業を煮やして「もう勝手にしろ、もうお父さんは行くからな」と焦る子供を尻目に玄関から出て、ふと心に隙間風の様な違和感を覚えました。それは以前、犬の散歩中、犬のお勤めの処理をしている間に、犬と嫁が移動し、結果犬も居ないのに往来の真ん中で犬のお勤め品を回収している状態になってしまった時と、とてもよく似ています。そのまま子供が追いかけて来なかったら、どうなるでしょう?おっさん一人で威風堂々とラジオ体操に参加です。しかもその日はラジオ体操最終日の為に、ご褒美のジュースが配られるという事前情報が、既に流れています。これではまるで、ジュース欲しさに子供も居ないのにラジオ体操に参加している残念なおっさんではないですか。「見て、ジュース欲しくて一人で来たみたいよ。あれって確かモハチのシャチョサンじゃない?」それはもうヒソヒソ話のオンパレードです。そこまで想像して軽く震え、家に戻り子供を引きずってラジオ体操に参加しました。
2017-11-08

平成29年9月(第73号)

先日の定期検診で、小心者だなと再確認しました。無論検診結果に書いてあった訳ではありません。毎回小心者だなと認識するのは、検診の採血の時ではありません。数年前に採血の時に、様子を見てやろうと思って、軽く貧血気味になった時も、誰にも知られず気を取り直し、渋くその場を立ち去りました。それ以来採血の状況を凝視するのは止めたので、意識が軽く薄れることもありません。ではどこで小心者を自覚するかというと、それは食事の時間です。前の日からの絶食もあり、とてもおなかが空いています。当然本間弁当さんの食事が楽しみでなりません。ちなみに僕はチキンの照り焼きが大好きです。そんな僕に本間弁当さんから派遣されたお姉さんが、優しく問いかけます。「お肉ですか?お魚ですか?」と。そんな時、僕はどうしても「にく」と言えないのです。「おさかなですか?おにくですか?」という問いに対し、まさか40過ぎた中年が「おさかなで」とは言えないので当然「さかなで」などと低めの声で言うのですが、「おにくで」または「にくで」と人前で言うのが、なんか凄く恥ずかしいのです。物凄く肉が食べたいのがバレるかもしれないと思うと、たまらないのです。「鳥で」とは言えます。「お鳥」という言葉が無いからです。でも「お肉ですか?」と聞かれて「鳥で」というのは、やはり滑稽なのです。そういった理由から、直前まで今回こそ肉を食べるつもりだった僕は、毎回魚を食べています。土壇場で制御回路が働き勝手に口が「サカナデ」と言うのです。魚を食べながら思うのは、魚も必ず裏切らないなという事です。当然そのあとに聞かれるご飯の量も「フツーデ」としか言った事がないのです。高校のハワイ修学旅行で飛行機に乗るときに、「fish?or beef?」と外人のCAが聞いてくるので、各自練習しておくように言われ、2週間余り必死で家で練習しました。「ビーフプリーズ」と。いざ本番、前の座席から順番が近づいてくるにつれて、滅茶苦茶緊張したのを覚えています。予定外に「fish?or chicken?」と聞かれ、頭が真っ白になり、小さい声で「ふ、ふぃっしゅぷりーず」といった時から、土壇場での僕と魚の付き合いは、始まっているのです。恐らくこれは、緊張状態でなければ普通に「肉下さい、なり、チキンプリーズ」とか言えると思います。では、何故健康診断の時に通常ではない精神状態になっているか。その考察も当然終わっています。それは着替えてすぐの採尿に原因があります。自分の尿を紙コップに入れて、赤の他人のオジサンたちの中で歩くという、非現実的な状況で、精神が極度に委縮しているのです。自分の尿をコップに入れて、それを持って人前で歩く状況は、人をとてもとても弱くします。さらに言えば、朝一に自分のう〇〇を受け付けのお姉さんに提出する時点で、相当オトメゴコロが傷付いています。来年こそは肉で大盛ご飯を頼むぞと思うのですが、成功するイメージが全く湧いてきません。
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